技術分野と技術的課題

進歩性の判断構造のうち、相違点の判断のステップでは、考慮要素の一つとして、主引用発明と副引用発明との間の技術分野の共通性が挙げられます。
もっとも、技術分野を上位概念化していくと、何かしらの「共通性」を見出すことが可能です。そして、考慮要素のうち技術分野の共通性を重視すると、なぜ当業者が引用発明同士を組み合わせることができたのかという具体的な説明を省略し、単に「技術分野が共通する」ということのみで進歩性が否定されかねません。
本来であれば、共通性の程度(どの程度まで上位概念化して「共通性」が見出せるのか)まで考慮に入れるべきなのですが、技術分野を過度に重視すると、他の考慮要素を検討する余地がなくなり、上記のような弊害が生じます。

 そこで、最近では、解決「課題」ないし技術的「課題」が重視されるようになっています(この「課題」に関し、①引用発明同士の「課題」の共通性を問題とするのか、②本件発明(又は本願発明)の「課題」と副引用発明の「課題」との共通性を問題とするのかについては、議論の分かれるところです。なお、②の立場では、本件発明の「課題」は、本件発明と主引用発明との対比によって導かれ、この本件発明の「課題」と副引用発明の「課題」との共通性が問題とされるのであって、主引用発明の「課題」は考慮の対象にはなりません。)。
確かに、引用発明同士を組み合わせる動機付けを説明するという観点では、単に「技術分野が共通する」というよりも、課題にスポットライトを当てた方が、具体的な説明が期待できるような気がしてきます。

 しかし、「課題」を詳細にかつ具体的に認定し、「課題」に共通性がないと認定する作業は、裏を返すと、技術分野(特に、最終製品の技術分野)を狭く限定的に認定していることと同じです。
実際の技術開発では、最終製品毎に分野を区切って開発を進めるわけではなく、他の分野でも使用できる汎用技術を転用しています。もっとも、最終製品毎に、固有の事情は存在します。その個別の事情を重視し、最終製品毎に具体的な「課題」を導くと、その具体的「課題」は、最終製品分野ごとに異なります。結局、この作業は、技術分野を細分化して共通性を否定していることに等しいのです。

確かに、技術分野という同じ要素の下で、判断の方向性について舵を切ることは困難です。円滑に方向転換を図るためには、別の構図を準備した方が得策であろうと思います。しかし、あまりに「課題」を厳格に認定するなら、その手法は、rigidなTSMテストと大差なく、弊害も大きいと思います。


 知財高判平成23年10月4日(平成22年(行ケ)第10235号)は、技術的課題を重視したという点で、最近の傾向に沿ったものですが、かなり微妙(というよりも、特許庁の判断の方が、研究開発の実感に沿ったもの)であるように思います。

 この事案では、出願人が、拒絶査定不服審判請求時にクレームを補正しましたが、特許庁は、その補正を却下して拒絶審決を下したところ、出願人が審決取消訴訟を提起しました。
 問題の発明は、液晶パネル用の積層フィルムの製造方法に関し、偏光フィルム(特定の方向に振動する光のみを通過させて偏光を作り出すフィルム)と位相差フィルム(液晶セルを通過する際に生じる位相差を補償するフィルム)とを直接接着又は粘着して積層するというものです(フィルムをロールから切断した後に積層するのではなく、ロールからフィルムを引き出しつつ積層するため、「ロールtoロール」と呼ばれます。)。

 この発明の特徴は、フィルムの延伸方法にあります。
一般に、偏光フィルムと位相差フィルムとは、偏光フィルムの吸収軸と位相差フィルムの遅相軸とを直行させるように積層されます。そして、偏光フィルムの吸収軸と位相差フィルムの遅相軸は、何れも、フィルムの延伸方向に沿って生成します。したがって、偏光フィルムと位相差フィルムの延伸方向は、直交します(その結果、延伸方向の選択は、偏光フィルムをロールの長手方向にするか(位相差フィルムは幅方向にするか)、位相差フィルムをロールの長手方向にするか(偏光フィルムは幅方向にするか)の2とおりです。)
引用発明では、偏光フィルムを縦方向に(ロールの長手方向に)、位相差フィルムをロールの幅方向に延伸していましたが、補正発明では、その向きが逆転していました。つまり、偏光フィルムを幅方向に、位相差フィルムを縦方向に延伸していました。
主引例には、延伸方向を逆転することについての示唆は見当たらなかったようです(主引例は、位相差フィルムの弾性率に関する記載はありますが、延伸方向に注目した特許文献ではないようです。)。

フィルムを幅方向に延伸すると、把持されて力の加わる端部と把持されていない中央部とでは差が生じます。その結果、中央部が端部よりも遅延するというが起き、不均一になりやすいことは、一般的な知見であったようです(ボーイング現象)。位相差フィルムでは、ボーイング現象により、遅相軸のばらつきが生じます。

裁判所の認定では、主引例では位相差フィルムにボーイング現象が生じるところ、補正発明では、この点について技術的課題を設定し、解決手段として、延伸方法を逆にしたとされています。

ボーイング現象はそのとおりなのですが、延伸方法は2とおりの選択肢しかありません。そして、ロールtoロールの言及はないものの、位相差フィルムについては、ボーイング現象を考慮して、幅方向よりも長手方向に延伸させた方が良いという文献は、判決の認定によっても多数存在していました。
判決では、これらの文献は、ロールtoロールについて言及がないという理由で、主引用発明には適用できないと判断しています。
しかし、実際の当業者は、偏光フィルムと位相差フィルムとの積層にあたり、ロールtoロールの製造方法のみを参考にするわけではないと思います。

この事案では、技術分野を「ロールtoロール」に厳格に限定したか、技術課題を「ロールtoロール」のものと限定したと解されます。しかし、このような限定は、過度にすぎる(いわば、逆後知恵)ようにも思います。