引用発明間の技術分野の共通性

 主引用発明に副引用発明を組み合わせると本願(本件)発明の構成に到達するという場合の容易想到性の判断では、組み合わせの動機づけが問われます。その考慮要素の一つが、技術分野の共通性です。

 技術分野の共通性を考慮するにあたり、引用発明の「技術分野」をどのように把握するのかが問題になります。
技術分野として先ず思い浮かぶのは、最終製品の分野です。メーカーでも、最終製品の分野ごとに事業部が分かれており、個々の事業部で製品開発が行われていることが一般的です。

 もっとも、技術分野が最終製品の分野に限られるわけではありません。その理由は、最終製品を問わず適用される汎用的な技術も多く存在するからです。その代表例が、軸、カムなどの機械要素です。接着剤や界面活性剤などの組成物も、最終用途を問わず、その機能に応じて様々な製品に使用されています。どの用途に用いられる化合物であっても、合成にあたっては、有機合成技術が必要とされます。研究開発でも、最終製品を問わない部隊は、特定の事業分野に属さず、共通の研究所に属していることがあります。
したがって、最終分野に拘泥して技術分野の共通性を判断することは、妥当ではありません。技術分野をどのように把握するのかは、個別具体的な事案によります。

 
 知財高判平成23年10月4日判時2139号77号(逆転洗濯伝動機事件)の事案では、技術分野の共通性も争点の一つでした。
争われた発明(審判請求時に補正しているため、「補正発明」と呼ばれています。)は、「洗濯機での使用に適した伝動機構」に関する発明です。この伝動機構は、一つの駆動力出力端(たとえば、モータの回転子)によって攪拌器軸と内槽軸とを逆方向に回転させます。その具体的な手段が「歯車箱」と呼ばれ、その具体的な構成が特定されています。
 
 主引用発明(「刊行物1」に記載の発明)も、洗濯機に関する発明です。主引用発明では、洗濯兼脱水槽の軸は、モータの回転子と同じ向きに回転し、攪拌体の軸は、遊星ギア機構を介し、モータの回転子と逆方向に回転します。もっとも、遊星ギア機構は、補正発明の「歯車箱」とは異なります。
副引用発明(「刊行物2」に記載の発明)は、主として船舶に用いられる二重反転プロペラの動力伝達機構の発明です。
審決では、主引用発明に副引用発明を適用すると補正発明の構成に到達し、主引用発明の「遊星ギア機構」を副引用発明の動力伝達機構とすることは設計的事項にすぎないと判断されました。

 しかし、判決では、審決の判断が誤りであるとされています。その理由として、主引用発明は、家庭用電化製品に搭載される小型の動力伝達機構に関し、軽量な衣類を選択するために用いられるのに対し、副引用発明は、船舶などに搭載される大型の動力伝達機構に関し、重量のある船舶を推進させるために用いられるため、両者では技術分野が異なると認定されています。

 二重反転プロペラは、飛行機や船舶などで姿勢を安定させるために用いられます。飛行機や船舶では、速度を増すため主プロペラを高速で回転させると、逆方向に姿勢が傾いてしまうという問題があります。そこで、姿勢を安定させるため、逆回転する副プロペラが設置されます。このような事情は、家庭用電化製品には当てはまりません。動力伝達機構という点では、主引用発明と副引用発明とは共通するものの、より具体的に検討すると、副引用発明の動力伝達機構は、船舶に特有の技術であり、元来、家庭用電化製品に適用することは想定されていませんでした。

 つまり、副引用発明の動力伝達機構は、汎用的な技術とは考えられていませんでした。

 この事実関係では、技術分野が相違していると判断されてもやむを得ません。