審尋は拒絶理由通知の代替となるか−拒絶査定不服審判請求時の補正を却下できない場合

 知財高判平成23年10月4日判時2139号77頁は、拒絶査定不服審判請求時のクレーム補正について、独立特許要件を充たしていないとして補正を却下し(その理由は、拒絶査定時と大幅に異なっています。)、拒絶審決がなされた事案において、「特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念を欠くものとして審判手続違反がある」と判断したものです。法律の文言上は、審判請求時の補正について独立特許要件を欠くものとして却下してもよいのですが、この事案の事実関係では、改めて拒絶理由を通知すべきとされました。

[拒絶査定不服審判請求時の補正と補正の却下]
<補正の却下>
 特許の審査では、審査官は、拒絶査定の前に、拒絶理由を通知しなければなりません。出願人の手続き保障という観点からは、審査官は、新たな拒絶理由を発見した場合には、その拒絶理由を通知することを要します(仮に、先ず36条の拒絶理由を通知しておけば、29条を根拠として拒絶理由通知なしに拒絶査定を下すことができるとすると、出願人は不意打ちの拒絶査定をくらってしまうことになります。)

 もっとも、新たな拒絶理由の度に拒絶理由を通知するとするなら、審査は、補正→新たな拒絶理由の発生→拒絶理由通知→補正→・・・ という無限ループに陥ってしまいます。そこで、この無限ループから脱出する手段として、補正の制限及び補正却下の制度が規定されています(53条1項)。

 まず、出願人が最初の拒絶理由に応答して行った補正によって新たな拒絶理由が生じ、審査官がその拒絶理由を通知すると(いわゆる最後の拒絶理由通知)、補正には制約が設けられます(例えば、クレームについては限定的減縮に限られるなど(17条の2第1項3号及び同5項))。そして、その補正が補正の要件(17条の2第3項ないし第6項を満たしていない場合には、補正が却下されます(53条1項)。
 上記の要件のうち17条の2第6項は、訂正の独立特許要件(つまり、訂正後のクレームが新規性や進歩性など特許要件を充足していること)を定めた126条5項を準用しています。したがって、補正後のクレームについて審査し、新規性や進歩性が欠如している場合には、補正を却下すれば足り、改めて拒絶理由を通知する必要はありません(50条ただし書(「53条1項の規定による却下の決定をするときは、この限りではない。」))。
その結果、クレームは補正前の状態に戻り、従前の拒絶理由によって拒絶査定が下されます。

<拒絶査定不服審判請求時の補正の扱い>
 拒絶査定不服審判でも、拒絶査定と異なる拒絶理由が発見された場合には、審判官は拒絶理由を通知しなければなりません(159条2項本文で準用される50条)。もっとも、159条2項本文では、50条を準用するにあたり、50条ただし書(補正を却下する場合に、拒絶理由通知を不要とする規定)を読み替えています。

(50条ただし書の適用範囲である補正)
「第十七条の二第一項第一号又は第三号に掲げる場合(同項第一号に掲げる場合にあつては、拒絶の理由の通知と併せて次条の規定による通知をした場合に限る。)」

(159条2項本文で読み替え後)
「第十七条の二第一項第一号(拒絶の理由の通知と併せて次条の規定による通知をした場合に限るものとし、拒絶査定不服審判の請求前に補正をしたときを除く。)、第三号(拒絶査定不服審判の請求前に補正をしたときを除く。)又は第四号に掲げる場合」

 読み替え後の最後にある17条の2第4号は、拒絶査定不服審判時の補正です。
 したがって、拒絶査定不服審判請求時の補正によって新たな拒絶理由が発生しても、その拒絶理由を通知する必要はなく、補正を却下して元のクレームについて拒絶審決を下せば足りることになります。

 もっとも、このような帰結は、出願人にとって酷な場合もあります。拒絶査定までは、補正の機会があります。分割出願によってクレームを変更し、改めて審査を受けることもできます。しかし、拒絶査定不服審判の手続きに進んでしまうと、クレームを補正する機会が失われてしまいます。したがって、クレームを適切に減縮すれば特許を受けることができたにもかかわらず、保護がなされないということも生じます。
 確かに、出願人には審査段階で補正の機会も分割の機会もあったのですから、上記の帰結も自己責任ともいえます。しかし、補正後のクレームを拒絶した理由が拒絶査定時とは全く違うものであると、出願人にとっては不満が残ります。

[前置報告を利用した審尋]
 審判請求時に補正がされると、審判官合議体による審理の前に、審査を担当した審査官によって審査がなされます(162条;いわゆる前置審査)。審査官は、特許査定をすることもできますが、依然として拒絶すべきと考える場合には、長官にその報告をします(164条3項;いわゆる前置報告書)。現在、この前置報告書を利用して、全件について審尋が行われています。出願人にとっては、包袋閲覧を行わなくても前置報告の内容を知ることができ、反論の機会も与えられるという点でメリットがあります。
 しかし、審尋に対し、補正の提案をすることは自由ですが、補正の機会が保障されているわけではありません。補正には、新たな拒絶理由の通知が必要であり、新たな拒絶理由を通知するか否かは、審判官の裁量にゆだねられています。


[本事案について]
  裁判所は、審判手続きでは補正の機会がないことを理由に、一般論として、

特許法の前記規定によれば,補正が独立特許要件を欠く場合にも,拒絶理由通知をしなくとも審決に際し補正を却下することができるのであるが,出願人である審判請求人にとって上記過酷な結果が生じることにかんがみれば,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念を欠くものとして,審判手続を含む特許出願審査手続における適正手続違反があったものとすべき場合もあり得るというべきである。」

と判示しました。
 そして本事案では、
① 補正後の発明は、補正前の発明を具体的構成に大幅に限定したものであり、容易想到性の判断には、新たな公知文献を引用する必要があった
② この公知文献は、審尋で初めて提示されたものであった
③ 原告が拒絶理由を通知してほしい旨の意見書を提出した
④ そもそも、補正後の発明について審決の判断が是認できない
などを理由に、

「本件のこのような事情にかんがみると,拒絶査定不服審判を請求するとともにした特許請求の範囲の減縮を内容とする本件補正につき,拒絶理由を通知することなく,審決で,従前引用された文献や周知技術とは異なる刊行物2を審尋書で示しただけのままで進歩性欠如の理由として本件補正を却下したのについては,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念が欠けたものとして適正手続違反があるとせざるを得ないものである。」

と判示しました。

 上記の事情のうち、③は、しばしば出願人が述べることであり、重視することはできません。④の事情も、手続違背とは別に取消事由になるのですから、重視することは困難です。
 結局、クレームが大幅に減縮されており、新たな文献を引用して容易想到性のロジックを大幅に組みなおさなければならなかったという事情(①及び②)が重要であろうと思います。

 特許庁にとっては、①の事情を考慮した弾力的な運用は難しいのではないかと思います。裁判所とは異なり、膨大な数の出願を取り扱っているため、運用は画一的にそろえたい(弾力的な運用は、あくまで審判官の裁量とし、義務にはしたくない)と考えることも致し方ないでしょう。
 今後、審判請求時の補正についてどのような運用をするのか、難しい判断を迫られるかもしれません。