記載要件と進歩性との関係

 前回の事案は、記載要件と進歩性との関係という点でも、興味深いものです
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120417155305.pdf
 
記載要件の適合性については、明細書の技術常識を考慮すると、当業者は発明を実施することができ、クレームが課題を解決できると理解できると認識できることを立証する必要があります。立証が技術常識のみに依存すると、記載要件違反を解消できたとしても、発明を達成すること自体が容易であったことになってしまいます。したがって、明細書の記載の貢献を残しておく必要があります。


 この事案の審決は、請求項1ないし6については、実施可能要件及びサポート要件違反により無効、請求項7ないし9については、無効不成立(有効)と判断しました。そこで、請求人(原告)は、無効不成立とされた部分について、特許権者(被告)は、無効とされた部分について、それぞれ審決取消訴訟を提起し、併合されました。
 請求項1ないし6は、ピオグリタゾン又はその塩+ビグアナイド剤の糖尿病用医薬であり、請求項7ないし9は、ピオグリタゾン又はその塩+グリメピリドの糖尿病用医薬です。ピオグリタゾン塩酸塩は、アクトスです。
 独立項である請求項1及び7は、以下のとおりです。

[ピオグリタゾン]
【請求項1】ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬

(ピオグリタゾン又はその塩+ビグアナイド剤の実施例は、記載されていない。)

【請求項7】0.05〜5mg/kg 体重の用量のピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,グリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬

(ピオグリタゾン又はその塩+グリメピリドの実施例は、記載されていない。
ただし、グリベンクラミドについては、ピオグリタゾンとの併用実験の結果が記載されている。グリメピリドとグリベンクラミドは、いずれもSU剤(スルフォニル尿素剤;インスリンの分泌を促進する。)に当たる。)

[公知技術及び技術常識]
 判決は、まず、優先日当時の技術常識等について、まとめて認定しています。それによると、引用文献には、以下の記載があります。

・ピオグリタゾンは、糖尿病の治療薬として知られており、その機序は、インスリン感受性増強である。

・グリメピリドとグリベングラミドも、糖尿病治療薬として知られており、その機序は、インスリン分泌促進である。グリメピリドは、グリベングラミドと同等又はそれ以上の血糖降下作用を有する(グリメピリドの方が、糖尿病に対して効果が優れる。)。

・作用機序の異なる有効成分の併用療法も考えられる。

・ビグアナイド剤も、糖尿病治療薬として知られており、その機序は、嫌気性解糖促進作用である。

 さらに、引用例3の図3(薬物療法の概念を説明するための図)では、ピオグリタゾンの入った長方形の囲みとグリメピリドの入った長方形の囲みが描かれ、両者から矢印が伸び、「併用」という囲みに達していました。


[実施可能要件]
 実施可能要件に関し、判決は、物が製造できたかという点に終始し、使用できたのかという点には触れていません。そして、両成分とも既に製造できたのだから、発明の詳細な説明は実施可能要件に適合すると判断しています。

 「使用できたのか」という点を「(発明が意図したような効果を発揮するように)使用できたのか」と解すると、実施可能要件はサポート要件に近づきます。
 もっとも、この事案では、糖尿病治療薬同士を組み合わせているので、糖尿病治療に使用できることは当たり前です。そして、(発明の意図したであろう)相乗効果を発揮して使用できたか否かは、本筋である進歩性で判断するという立場に立つと、実施可能要件についてはあっさりと片がついてしまいます。

[サポート要件]
 判決では、本件発明の課題は、

ピオグリタゾン(インスリン感受性増強剤であり副作用がほとんどない)を、ビグアナイド剤(嫌気性解糖促進作用などを有する;請求項1ないし6)又はSU剤(インスリン分泌促進作用を有する;請求項7ないし9)と組み合わせることで、長期投与においても副作用が少なく多くの患者に効果的な糖尿病治療薬又は組成物とすること

であると認定されています。

 そして、この課題を解決できると認識できるか否かについては、

・ピオグリタゾンとビグアナイド剤又はSU剤とは、作用機序が異なるから、それぞれの効果が個々に発揮される

ことに基づいて、本件発明の課題である糖尿病に対する効果が得られることを当然想定できると判断されています。
 課題と明細書を厳密に対比すると、「長期投与においても副作用が少な(い)」という点について当業者が理解できるのかという問題は残ります。しかし、ピオグリタゾンの副作用が少ないということから、上記のとおり理解できると判断することも可能でしょう。

 サポート要件適合性がこのように判断されてしまうと、審判に戻った際に審判部に進歩性があると判断してもらうためには、見通しは相当に厳しくなったように思います。
判決では、両成分が異なる機序で働くことが知られているのだから、組み合わせてもその足し算になることは想定の範囲内と判断されています。その判断を覆すには、足し算を越える効果(相乗効果)が必要であり、その効果が明細書に裏付けられている必要があります。
 請求項7ないし9については、ピオグリタゾンとSU剤との併用実験が記載されていたものの、判決は、相加効果はあっても相乗効果は無いと判断し、進歩性を否定しています。請求項1ないし6については、訴訟の争点となっていないため進歩性は判断されていませんが、明細書に実施例すらありません。