特許権の譲渡と通謀虚偽表示

 会社の資金繰りが苦しくなると、債権者は債権回収を急ぎ、資産を差押え始めます。重要な資産を失うと、事業の継続は難しくなります。もっとも、会社の事業の中には、収益の改善の見込みが立たないものばかりではなく、継続が見込まれるものもあります。そこで、有望な事業を継続するため、その事業を切り分けて他社に譲渡することがあります(乱用的会社分割については、最近、債権者間の不公平な取り扱いが問題となっているところです。)。
 特許権及び特許を受ける権利についても、事業の継続に必要な範囲で、事業とともに譲渡されることがあります。そのような譲渡は、債権者による差押えを免れることも目的としていたとしても、事業の継続も主たる目的であれば、実体のある取引といえます。その一方、事業の譲渡という目的が存在せず、資産隠しの目的で名義を変えただけというのであれば、通謀虚偽表示(民94)に該当するおそれがあります。

 知財高判平成24年4月11日判決(平成24年(ネ)第10009号)(原審 大阪地判平成22年(ワ)第5063号)では、上記の点が争点の一つでした。特許権や特許を受ける権利について、通謀虚偽表示が争われたという点で、珍しい事案です。

 この事案では、Xが訴外Bより特許を受ける権利を譲り受け、特許出願を行っていたところ、資金繰りが悪化し、手形の不渡りを出す事態に陥りました。そこで、訴外会社N1に対し、一部の事業を譲渡し、訴外会社N2名義で事業を継続することにしました(N1とN2とでは、実質的な経営者は同一人物です。)。その際、上記特許を受ける権利も譲渡しました。
 Xと訴外会社N2は、取引先に対し、上記事業に関し、訴外会社N2との間で取引を継続するよう文書を送付しました。訴外N2は、パンフレット及び使用説明書を自社名で作成し、特定の取引先と商談を進めるなど、具体的な活動も行いました。訴外N2では、Xの元従業員が雇用され、上記事業に関与しました。
 したがって、特許を受ける権利の譲渡は、上記事業の継続も主要な目的であったと認められ、Xの通謀虚偽表示の主張は排斥されました。

この事案では、訴外N2が、3か月という短期間で事業をYに引き継いだという事情があります。Yの設立にあたっては、Xの代表取締役であったAの意向が働いています。Aは、倒産状態となったXの処理に際し、弁護士と相談しています。その結果、債権者の納得を得られやすくするという目的で、新たにYが設立され、上記事業は、Yに引き継がれました。Aは、Yの従業員として雇用されましたが、後に退職するなど、複雑な経緯もあったようです。
 もっとも、訴外N2が現実に事業を行っていたことは事実です。したがって、短期間で事業を再譲渡したとしても、特許を受ける権利の譲渡が通謀虚偽表示であったとはいえないように思います。