メディアプレーヤーのための同期操作の特許権侵害訴訟 − 他社製品解析の難しさ −

 アップルvサムスンの世界中で繰り広げられている一連のスマホ訴訟のうち、日本の訴訟で初めての判決が出ました(東京地裁平成23年(ワ)第27941号)。原告はアップル側、特許番号は4204977号(発明の名称は「メディアプレーヤーのためのインテリジェントなシンクロ操作」)、結論は請求棄却(構成要件非充足)です。
 各国で争われている権利は様々であり、日本では1つの特許権について地裁での判断が出たばかりです。この判決だけをもって、情勢が大きく変わるというものでもありません。しかも、この特許のクレーム、明細書、そしてサムスン製品の動作を検討すると、この権利で侵害という判断を勝ち取ることは、元々、難しかったように思います。

[クレーム]
 問題となった請求項は、請求項11、13及び14です。請求項11の発明(「本件発明1」)は、以下のとおりです。

A1 メディアプレーヤーのメディアコンテンツをホストコンピュータとシンクロする方法であって,
B1 前記メディアプレーヤーが前記ホストコンピュータに接続されたことを検出し,
C1 前記メディアプレーヤーはプレーヤーメディア情報を記憶しており,
D1 前記ホストコンピュータはホストメディア情報を記憶しており,
E1 前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とは,前記 メディアプレーヤーにより再生可能なコンテンツの1つであるメディアアイテム毎に,メディアアイテムの属性として少なくともタイトル名,アーチスト名および品質上の特徴を備えており,
F1 該品質上の特徴には,ビットレート,サンプルレート,イコライゼーション設定,ボリューム設定,および総時間のうちの少なくとも1 つが含まれており,
G1 前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とを比較して両者の一致・不一致を判定し,両者が不一致の場合に,両者が一致するように,前記メディアコンテンツのシンクロを行なう方法。

 このクレームから明らかであるとおり、本件発明1の対象は、スマホに限定されているわけではありなく、ポータブルプレーヤー全般に及びます。
 判決は、構成要件G1の充足性について検討し、非充足という判断を下しました。
 構成要件G1では、プレーヤーメディア情報とホストメディア情報とを比較しています。プレーヤーメディア情報及びホストメディア情報は、メディアアイテム毎に,少なくとも「タイトル名,アーチスト名および品質上の特徴」(構成要件E1)を備えています。
クレーム解釈を巡る争点は、構成要件G1の「『前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とを比較して』両者の一致・不一致を判定し」とは、「タイトル名,アーチスト名および品質上の特徴」の全てについて比較することを要するのか、それらの一部のみの比較でも足りるのかという点でした。

[クレームの文言による構成要件G1の解釈]
 クレームの日本語を素直に読むと、「タイトル名,アーチスト名および品質上の特徴」の全てについて比較すると解する方が合理的です。
 
 まず、メディアプレーヤー及びホストコンピュータは、それぞれプレーヤーメディア情報及びホストメディア情報を記憶しています(構成要件C1及びD1)。

 そして、これら「前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とは」,タイトル名,アーチスト名および品質上の特徴を備えています(構成要件E1)。
これらの構成要件を受けて、「『前記』プレーヤーメディア情報と『前記』ホストメディア情報とを比較して両者の一致・不一致を判定し,両者が不一致の場合に,両者が一致するように,前記メディアコンテンツのシンクロを行なう」というのです。

 したがって、構成要件E1のとおり、「タイトル名,アーチスト名および品質上の特徴」を備えた『前記』プレーヤーメディア情報と『前記』ホストメディア情報について、「タイトル名,アーチスト名および品質上の特徴」すべてを比較するというべきです。


[被告製品の動作]
 原告のテスト結果によると、被告製品とPCとの両者に記録されたメディアアイテムのタイトル名、アーチスト名及び総時間(「品質上の特徴」に該当します(構成要件F1)。)が同じである場合には、シンクロが行われていたようです(判決の38頁)。
 しかし、この現象だけでは、タイトル名、アーチスト名及び総時間がシンクロの指標であったのか、不明です。別の指標でシンクロの有無の判断がなされており、タイトル名、アーチスト名及び総時間は偶々一致していただけ、ということもあり得ます。
 実際、被告のテストによると、被告製品及びPCに、タイトル名、アーチスト名及び総時間の情報が全く同じ楽曲ファイルが保存されている場合であっても、ファイル名又はファイルサイズが異なる場合には、シンクロが行われたとされています(本判決の17頁)。したがって、被告製品では、シンクロにあたって、ファイル名及びファイルサイズが判断材料であったということになります。

 一般に、被告製品が電子機器である場合、機器内部でどのようなプログラムが走っているのかを詳細に知ることは困難です。使用時の動作から、どのようなフローチャートで判断がなされているのか、一応の推測は尽きます。しかし、あくまで推測にすぎず、確実な情報が得られるわけではありません。
 被告製品について、原告の推測に反し、上記の事情が判明してしまうと、原告としては、構成要件G1について、「「タイトル名,アーチスト名および品質上の特徴」の何れかを用いていれば良い」との解釈を採らざるを得ません。しかし、このか一尺が難しいことは、前述のとおりです。


[明細書を参酌した「メディア情報」の意義]
 この判決では、被告製品が判断指標としているファイルサイズが本件発明の「メディア情報」(構成要件C1及びD1)に該当するか否かについても、判断されています。

 携帯端末とホストコンピュータとの間でファイルを同期させるという技術は、HD内蔵のポータブルプレーヤーが普及する以前から、PDAなどで使用されていました。
本件明細書でも、従来のシンクロ技術について、

「このようなシンクロスキーム は,ファイルネーム(注:ファイル名と同じ。)および変更日を利用して,ファイルがデバイス間 でコピーされるべきかを判断する傾向にある。」

「従来のアプローチはファイルをホストコンピュータから携帯デバイスへ転送することができるが,メディアアイテムを扱うとき,ファイルネームおよび更新日は,データが転送される(すなわちコピーさ れる)必要があるかの信頼できる指標にはならない傾向にある。その結果,メディアアイテムについての従来のデータ転送技術を用いることは,遅く非効率な操作になり,よってユーザが不満足する経験を生みがちである。」

 と記載されています。
 
それに対し、本件発明では、シンクロの判断指標として、ファイル名や更新日ではなく、メディア情報を使用している点に特徴があります。メディア情報については、「メディアアイテムの特徴又は属性に関する」とされ、以下の例が列挙されています。

「例えば,オーディオまたはオーディオビジュアルメディアの場合,メデ ィア情報は,タイトル,アルバム,トラック,アーチスト,作曲家お よびジャンルのうちの少なくとも1つが含まれえる。メディア情報の うちこれらのタイプは,特定のメディアアイテムに特定である。さら にメディア情報は,メディアアイテムのクオリティの特徴に関しえる。
 メディアアイテムのクオリティ特徴の例は,ビットレート,サンプル レート,イコライゼーション設定,ボリューム設定,スタート/スト ップおよび総時間のうちの少なくとも1つが含まれえる。」

 これらの記載に照らし、判決は、
「本件発明は,・・・一般的なファイルに備わるファイル情報ではなく,タイトル名,アーチスト名などの属性,あるいは, ビットレート,サンプルレート,総時間などの品質上の特徴という「メディア情報」に着目し,そのような「メディア情報」の比較に基づいて,メディアアイテムをシンクロする方法を採用した発明である,と認めることができる。」
と認定しています。

 ウィンドウズのフォルダでは、ファイルの属性として、名前、更新日時、ファイルの種類とともに、ファイルのサイズが表示されます。したがって、ファイルのサイズは、「一般的なファイルに備わるファイル情報」であって、メディア情報とはいえません。