濫用的会社分割に対する詐害行為取消権の行使

 いわゆる濫用的会社分割について、民法の詐害行為取消権の行使を認めた最高裁判決が出ています(最判平成24年10月12日)。
 この争点については、最近、下級審判決を契機として、様々な学者及び実務者の論文及び評釈が出ています(例えば、伊藤先生、神作先生、難波判事、井上聡先生)。法改正の準備も進んでいるようです。現行法の下でも、最高裁が詐害行為取消権を認めることで決着がつきました。


 現在の会社法では、世界的に見ても、会社分割を容易に行うことができます。そして、制度上、債権者が会社分割の手続きに関与できないことがあります。その結果、会社分割によって債権者の間に不公平が生じるという事態が相次いでいます。
 
 例えば、以下の事例を想定してください。
 会社全体としては、業績不振で行き詰っているものの、一部の事業は好調だとします。その場合、新設分割により、好調な事業を分割によって新たに設立される会社(「新設分割設立会社」)に承継させ、その事業を継続させるとともに、不振の事業は元の会社(「新設分割会社」)に残すという方式を採ることがあります。
 新設分割にあたり、新設分割会社は、新設分割設立会社に対し、価値のある(例えば無担保の)残存資産及び負債の一部を承継させ、新設分割設立会社より、資産に見合った株式を譲り受けます。その際、承継させる負債は、新設分割会社が選択します。つまり、新設分割会社に残る債権者(X1)と、新設分割設立会社に移る債権者(X2)が振り分けられます。
 新設分割会社に残った債権者(X1)は、不利益を被ります。なぜなら、新設分割会社には目ぼしい資産は残っておらず、有望な事業も残っていないからです。新設分割会社が破産すると、その際の配当率は、分割がなかった場合と比較して、極めて低くなります(このような事情については、須藤補足意見が的確に指摘しています。)。

 しかし、新設分割会社に残った債権者(X1)にとって、有効な対抗手段は限られています。
 まず、X1は、新設分割後も、新設分割会社に対し、債務の履行を求めることができるため、債権者保護手続きの対象ではありません(会社法810条1項2号)。
新設分割会社の株主、破産管財人及び「新設分割に承認をしなかった債権者」等は、会社分割無効の訴えを提起することができます(同法828条2項10号)。しかし、X1には異議を述べる機会すらないため、「新設分割に承認をしなかった債権者」には該当しないと解されています。
 さらに、旧商法とは異なり、新設分割会社及び新設分割設立会社の双方とも債務の履行の見込みがあることは、新設分割の実体的要件ではないと解されています(同法803条1項2号及び規則205条7号と旧商法374条の2第1項3号との対比)。
 新設分割設立会社が新設分割会社の商号を引き続き使用する場合には、会社法22条1項(名板貸し)の類推適用も一つの手段です。しかし、新設分割会社が異なる商号を使用する場合には、この規定は使用できません。法人格否認の法理も一つの手段ですが、この種の事案に適切であるのかという問題が残ります。

 そこで、民法424条の詐害行為取消権が浮上します。

 しかし、会社分割に詐害行為取消権を行使できるのかを巡って、以下の争点があります。

(i) 会社分割という組織法上の行為に対し、財産の取戻しのための詐害行為取消権を行使できるのか
(ii) (i)が肯定されるとしても、取消の対象となる範囲は何か(権利義務全般か、原告が被保全債権に見合った資産を特定するのか)、どのように原状回復を図るのか
(iii) 「詐害」性の根拠をどこに求めるのか
(新設分割会社は、譲渡した資産の対価として新設分割設立会社の株式を取得しているのだから、少なくとも形式上は、資産は毀損されていません。もっとも、破産時の配当率という点では、前述のとおり、新設分割会社の債権者(X1)は著しく不利な立場に置かれています。
問題の本質は、須藤補足意見が指摘しているとおり、新設分割によって責任財産に偏りが生じているという点にあります。)

 今回の最高裁判決では、「当然に新設分割が詐害行為取消権行使の対象になると解することもできず、新設分割について詐害行為取消権を行使してこれを行使できるか否かについては、新設分割に関する会社法その他の法令における諸規定の内容を更に検討して判断することを要するというべき」と述べ、債権者保護規定(会社法810条)を検討しています。そして、新設分割会社の債権者は、一定の場合を除き、債権者保護規定による保護の対象とされていないことから、「詐害行為取消権によってその保護を図る必要がある場合が存する」と述べています。
 最終的に、「株式会社を設立する新設分割がされた場合において、新設分割設立株式会社にその債権に係る債務が承継されず、新設分割について異議を述べることもできない新設分割株式会社の債権者は、民法424条の規定により、詐害行為取消権を行使して新設分割を取消すことができると解される。」と判断しました。

  (ii)については、「その債権の保全に必要は限度で新設分割設立会社への権利の承継の効力を否定することができる」と判断しています。原審は、不動産の承継の取消及び所有権移転登記の抹消登記を認めていますが、この結論が支持されています。
 (iii)については、踏み込んだ判断は見られませんが、須藤補足意見が参考となります。