サポート要件の「課題」と進歩性の「課題」

 サポート要件の無効理由(拒絶理由)は、進歩性の無効理由(拒絶理由)を補完する役割を果たすことがあります。特許庁も、進歩性の拒絶理由とサポート要件の拒絶理由を同時に出して、挟み撃ちにすることがあります。

 補完機能が働く代表例は、パラメータ発明の出願です。
パラメータ発明のように構成要件が目新しい場合、相違点を記載した先行文献が見つからないため、進歩性で無効にする(拒絶する)ことは、しばしば困難です。
しかし、構成要件が技術的に良く理解できない場合には、そもそも、「この構成要件で、発明の目指している目標は達成できるのだろうか?」という疑問が生じます。そこで、サポート要件の出番が来ます。サポート要件については、一部で異論はあるものの、パラメータ発明に限らず「特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべき」との偏光フィルム事件の大合議判決の規範が用いられています。

 問題は、サポート要件での「課題」と、進歩性を判断する際の本件(本願)発明の「課題」との違いを許容するか否かです。
 サポート要件の場面で「特許請求の範囲に記載された発明」の「課題」を、明細書に即して一般的抽象的に認定すると、「課題を解決できると認識できる範囲」も広がります。しかし、一般的抽象的な「課題」であれば、それを解決して得られる作用効果も当業者の予測の範囲にとどまり、同様の「課題」を有する先行技術を適用して相違点を解消することも容易であるはずです。データの補充も、明細書に記載された一般的抽象的「課題」を確認する限度であれば、許容されます。
 しかし、進歩性の判断では、最近接先行技術との対比から具体的な課題を認定し、補充されたデータから明細書にない顕著な効果を認めるというのでは、新規事項の追加の抜け道を作ることにもなりかねません。



 知財高判平成24年10月11日(平成24年(行ケ)第10016号)では、化学の分野で実施例のないクレームのサポート要件が問題となりました。このようなクレームは、分割出願ではしばしば生じるものであり、問題の出願も分割出願でした。
 
クレームは、

「発泡剤による発泡によってポリウレタン硬質フォームを製造する方法において,発泡剤として,
a)5〜50質量%未満の1,1,1,3,3−ペンタフルオルブタン(HFC−365mfc)および
b)50質量%超の1,1,1,3,3−ペンタフルオルプロパン(HFC−245fa)
を含有するかまたは該a)およびb)から成る組成物を使用することを特徴とする,ポリウレタン硬質フォームを製造する方法。」

です。
 明細書には、課題として、「選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること」(【0004】)という概括的な記載があるのみです。その一方、効果としては、低温(多くの場合に約15℃以下)で熱伝導率が低いという具体的な効果が記載されています(【0027】)。つまり、課題の記載と効果の記載とは、不釣合いです。
課題を解決するための手段としては、a)成分のHFC−365mfcと組み合わせるb)成分として様々な物質が列挙されており、その一つがクレームのHFC−245faです。しかし、実施例には、b)成分としてHFC−32やHFC−152aを用いた事例はあるものの、HFC−245faの事例は記載されていません。原告(出願人)は、審査段階で、HFC−245faの実験データを補充しています。それによると、HFC−365mfcとHFC−245faとを発泡剤として用いると、得られる発泡材料の熱伝導率は低いとの結果が得られています。

 審決は、「本願明細書の発明の詳細な説明には,発泡の機構などに基いた一般的な説明及び発泡剤b1を選択することの技術的意味・作用効果が記載されておらず,また,本願発明の発泡剤事項を満たす実施例も記載されていないのであるから,当業者は,追加実験データを見て初めて,本願発明が発泡剤事項を備えることにより,本願発明の課題を解決できると認識できるといえる。」と判断しました。

 それに対し、判決は、上記の課題及び効果を認定した上で、

「本願発明で用いる発泡剤の成分b)であるHFC−245faは,上記のとおり,ひとまとまりの一定の発泡剤のひとつとして記載されている上,本願明細書の実施例で使用された成分b)であるHFC−152aやHFC−32と同様に低沸点であり,技術的観点からすると化学構造及び理化学的性質が類似するといえることも併せ考慮すると,実施例1a)〜c)と同様にHFC−245faを使用することによりポリウレタン硬質フォームを製造する方法が開示されていると解するのが相当である。」

と判示しました。

 さらに、被告の主張については、

特許法36条6項1号の「サポート要件」の判断にあたっては,本願明細書において,成分b)としてHFC−245faを選択することの技術的意味や作用効果について,更なる記載を求めるべき理由はなく,また,成分b),特にHFC−245faが発泡剤として使用できると認識できない事情も見いだせないので,発泡の機構などに関して,更なる説明を求めるべき理由もない。」

と述べています。

 課題を「選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造する」というのであれば、確かに、HFC−245faについても記載があります。しかし、この課題は広すぎて、どんな組み合わせでも文言といして記載されていればサポート要件は充足されるということになってしまいます。b)成分として列挙された化合物を使用することにより、発泡材料が低温でも熱伝導率が低いという効果が得られることについて、明細書で科学的に明確な説明は見当たりません。
 「本願明細書の実施例で使用された成分b)であるHFC−152aやHFC−32と同様に低沸点であり,技術的観点からすると化学構造及び理化学的性質が類似するといえることも併せ考慮する」という一般論は理解できるのですが、HFC−152a(炭素数2,フッ素原子2)と、HFC−32(炭素数1、フッ素原子2)と、HFC−245fa(炭素数3、フッ素原子5)とが「技術的観点からすると化学構造及び理化学的性質が類似する」というのは、いささか粗い議論であるように思います。