ITCの排除命令に対する拒否権発動

 ITC(国際貿易委員会)が、サムスンの申立てを受け、Appleに対して下した排除命令について、大統領が拒否権を発動したというニュースが報道されています。

 最近、ITCの申立ては増加傾向にあります。
その背景に、連邦最高裁のeBay事件判決により、特許法に基づく裁判所での差止めが得にくくなったということがあります。eBay判決以降、差止めには、
(i)原告が回復不能な損害を被ること、
(ii)金銭賠償などのコモンロー上の救済では不適当であること、
(iii)両当事者のバランスを考慮して、衡平法上の救済が必要であること、
(iv)公益が損なわれないことという要素が考慮されます。

 その一方、ITCは、行政機関です。しかも、ITCの排除命令の根拠条文(19U.S.C.§1337(d))は、特許法の差止めの条文(35U.S.C.§283)とは異なります。しかも、35U.S.C.§283は、courts may grant injunctionという書きぶりであるのに対し、19U.S.C.§1337(d)は、ITC shall direct that the articles … be excluded from entry into the United Statesという書きぶりです。
 したがって、eBay事件判決は、ITCの排除命令には影響を及ぼしません。
 しかも、ITCの手続きは、裁判所よりも迅速です。
 その結果、差止めを得るための特許権者に有利な手段として、ITCが従前にもまして積極的に活用されるようになりました。


 しかし、ITCの排除命令にも、限界はあります。

 ITCは、不公平な輸入に関して管轄を有しているにすぎず、排除命令も、輸入を止めるだけです。ITCは、米国内での事業に対しては有効ではありません。さらに、金銭賠償も得られません。
 しかし、今日、多くの事例において、中国等の新興国で最終製品として組み立てられ、その最終製品が米国内に輸入されています。したがって、輸入を止めるだけでも、様々な事例で有効です。しかも、被告の側からみると、手続きが迅速であり、自社製品の輸入が早期に差し止められるリスクを考慮しなければなりません。その結果、金銭を支払って和解するという選択肢も合理的です。

 さらに、ITCでは、手続きの開始にあたり、知財で保護される物に関する国内産業の存在が求められます(いわゆる国内産業要件)。不公正な輸入を止めるという目的から、国内に保護すべき産業があることが必要となります。その例は、米国内での工場又設備に対する重要な投資、労働者の雇用又は資本の投下ですが、エンジニアリング、研究開発又はライセンシングを含む特許活用についての実質的な投資でも足ります。
 その結果、外国法人でも、米国内に生産設備を有し、雇用を創出しているのであれば、米国法人が海外で生産した製品を米国内に輸入する行為に対し、排除命令を申し立てることができます。研究開発型で米国内に工場を有していない企業でも、排除命令を申し立てることができます。そして、米国内でライセンスをしているだけの企業でも、排除命令の制度を利用することができることになります。

 ITCは、
・公衆の保健及び福祉
・米国経済での競争条件
・米国内での類似又は直接に競争する物品の製造
に与える影響を考慮して、問題の物品は排除されるべきでないと判断する場合には、排除命令を下しません(19 U.S.C.§1337(d)のunless以下)。
 しかし、従前、これらの理由によって排除命令を免れることは、困難でした。

 以上の事情により、eBay判決以降権利者にとっては、ITCは有益な手段となってきました。

 もっとも、このような状況について、批判も生じていました。最近、オバマ政権は、White House Task Force on High-Tech Patent Issuesと題する声明を発表し、そのLEGISLATIVE RECOMMENDATIONSの5番目の項目が、ITCの排除命令の基準をeBay判決の基準と一致させる法改正の提言でした。

“Change the ITC standard for obtaining an injunction to better align it with the traditional four-factor test ineBay Inc. v. MercExchange, to enhance consistency in the standards applied at the ITC and district courts.”
http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2013/06/04/fact-sheet-white-house-task-force-high-tech-patent-issues

 今後も、ITCの排除命令が、権利者にとって、司法手続きよりも有利な手段であり続けるのか、不透明な状況に変わりつつあります。