特許査定の取消訴訟

「特許査定を取り消す」という珍しい主文の判決が、東京地裁で出ています(東京地判平成26年3月7日(平成24年(行ウ)第591号))。この件は、通常の行政訴訟抗告訴訟としての取消訴訟)ですので、知財高裁ではなく、東京地裁に第1審の管轄があります。期限徒過の場合の行政訴訟と同様です。

 特許権者が上記の訴訟を提起した理由は、拒絶査定不服審判請求時の補正クレームが、本来の意図とは異なっており、それを前置の審査官が見過ごして、そのまま特許にしてしまったという点にあります。訂正審判によって本来意図したクレームに訂正しようとしても、その訂正は、クレームの実質的な変更に当たるため、訂正が認められません。そこで、「特許査定を取り消す」ことにより、出願を審査に再度係属させて、本来の意図どおりの補正をするほかなかったようです。

 出願は、特定の構造式で表される化合物群に関するものでした。そのうち実施例の特定の化合物については、顕著な抗腫瘍活性が認められたものの、他の化合物には、従来技術の化合物と同程度又はそれより劣る活性しか有していないものもありました。担当審査官は、この理由により、拒絶査定を下しました。換言すると、担当審査官は、クレームを適切に限定すると、特許査定できることを示唆していたことになります。
 
 出願人が拒絶査定不服審判請求時にクレームを補正すると、その出願は、前置審査に付されます(特許法162条)。つまり、合議体での審査が行われる前に、拒絶査定を下した審査官によって、再度の審査がなされます。そこで、審判請求に先立ち、代理人は、しばしば審査官と面接し、場合によっては補正案を提示し、どのようなクレームに補正すると特許査定が得られるのか、感触を探ることがあります。
 この件でも、官能基R2を「水素原子、C1−C3アルコキシ、C1−C3アルキルまたは塩素」に補正すれば特許されるという見込みが立っていました。しかし、誤って、「塩素」のみに限定してしまったようです。その結果、実施例の化合物もクレームから外れてしまいました。

 このような事情の下、裁判所は、結論として、特許権者を救済しました。つまり、裁判所は、特許査定を取り消しました。その理屈は、

・審査において、拒絶理由通知又は拒絶査定に記載された拒絶理由と、補正の内容とがかみ合ったものであることは、特許法上、予定されている。

・拒絶理由と意見書及び補正書とが全くかみ合っておらず、「当該補正書が,出願人の真意に基づき作成されたものとはおよそ考え難い場合であって,そのことが審査の経緯及び補正の内容等からみて審査官に明白であるため,審査官において補正の正確な趣旨を理解して審査を行うことが困難であるような場合には,このような補正に係る発明につき適正に審査を行うことが困難であり,また,発明の適正な保護にも資さないのであるから,審査官は,特許出願人の手続的利益を確保し,自らの審査内容の適正と発明の適正な保護を確保するため,補正の趣旨・真意について特許出願人に対し確認すべき手続上の義務を負うものというべきである。」

との規範を定立し、この事案では、審査官には手続違背があったと判断しました。

 特許権者の保護と第三者に与える不測の不利益とのバランスは、難しい問題です。一般論として、第三者は、特許されたクレームを読み、分割出願が係属していないことを確認して、自らの事業を始めることもあります。それにもかかわらず、審査が再開されて特許され、権利行使を受けるというのでは、制度の安定性を欠きます。