事前請求権を被保全債権とする仮差押えによって、事後請求権の消滅時効も中断するのか

 最判平成27年2月17日(平成24年(受)第1831号)は、「事前請求権を被保全債権とする仮差押えによって、事後請求権の消滅時効も中断するのか」という問題について、肯定の結論を下しています。
 この事案には、

・事前請求権と事後請求権との関係 (最判昭和60年2月12日民集39巻1号89頁参照)

・仮差押えによって保全される債権の範囲 (最判平成24年2月23日民集66巻3号1163頁)

 という2つの論点が関係しています。

[事案の概要]
 Y1(上告人;被告・控訴人)は、金融機関であるAとの間で貸越契約を締結し、当該貸越契約に基づいて、Aから借り入れをしました。その際、Y1は、保証協会であるX(被上告人;原告・被控訴人)との間で信用保証委託契約を締結し、Xは、Aに対し、Y1の債務を保証しました。当該信用保証契約では、約定の事前求償権が規定されていました。
Y2(上告人;被告・控訴人)は、Y1のXに対する求償権債務に関する連帯保証人でした。
 Y1は、Aに対する分割弁済をしなかったため、Xは、Y1所有の不動産について、事前求償権を被保全債権とする不動産仮差押え命令の申立てをし、仮差押登記をしました。
 さらに、Xは、Zに対し、Y1の債務を代弁弁済し、それにより、Y1に対する事後求償権を得ました。
 そして、Xは、Y1及びY2に対し、事後求償権に基づいて、訴えを提起しました。それに対し、Y1及びY2は、消滅時効を主張しました。その根拠は、時効の中断は、事前求償権にしか及ばないというものでした。それに対し、Xは、事前求償権を被保全債権とする仮差押えにより、事後求償権についても時効が中断すると主張しました。

最高裁の判断]
 「事前求償権を被保全債権とする仮差押えは、事後求償権の消滅時効をも中断する効力を有するものと解するのが相当である。」
 「 事前求償権は,事後求償権と別個の権利ではあるものの(最高裁昭和59年(オ)第885号同60年2月12日第三小法廷判決・民集39巻1号89頁参照),事後求償権を確保するために認められた権利であるという関係にあるから,委託を受けた保証人が事前求償権を被保全債権とする仮差押えをすれば,事後求償権についても権利を行使しているのと同等のものとして評価することができる。また,上記のような事前求償権と事後求償権との関係に鑑みれば,委託を受けた保証人が事前求償権を被保全債権とする仮差押えをした場合であっても民法459条1項後段所定の行為をした後に改めて事後求償権について消滅時効の中断の措置をとらなければならないとすることは,当事者の合理的な意思ないし期待に反し相当でない。」
 
[事前求償権と事後求償権]
 債務者から保証の委託を受けた保証人には、民459条1項前段及び460条により、さらには約定により、事前求償権が認められています。保証人が債権者に代位弁済をした場合には、民459条1項後段の事後求償権が認められています。
 事前求償権と事後求償権との関係について、最判昭和34年6月25日民集13巻6号810頁は、両者に同一性があることを前提としたと解されています(判例解説の「制度の趣旨から両者の同一性ないし同質性が要求されている。」も参照)。
 しかし、最判昭和60年2月12日民集39巻1号89頁は、両者は別個の権利と判断しました(「事前求償権は事後求償権とその発生要件を異にするものであることは前示のところか明らかであるうえ、・・・両者は別個の権利であり、その法的性質も異なるものというべき」)。
 最判昭和60年2月12日民集39巻1号89頁の事案では、両者が異なる権利であるとの立場を採ることにより、保証人の有する事後求償権の時効の起算点が繰り下がり、求償権を行使しやすくなるという事情がありました。つまり、両者を同一の権利とすると、事後求償権は代位弁済によって生じるにもかかわらず、事前求償権の発生時から(つまり、代位弁済より前から)時効が進行してしまうという弊害があります。

 その一方、時効の中断という観点では、両者が同一である方が、求償権の行使という点では有利です。つまり、両者が同一であるとすると、保証人が、事前求償権を仮差押えによって行使すると、事後求償権について、改めて何らかの手続きを採らなくても、事後求償権についても時効が中断します。
以上のとおり、時効の起算点を遅くすることと、時効の中断の範囲を広げることとは、簡単には両立しない問題です。

[仮差押命令により保全される債権の範囲]
 事前求償権を被保全債権とする仮差押命令により、事後求償権も保全されるのであれば、両者が別個の権利であるとしても、事前求償権に基づく仮差押えにより、事後求償権についても時効が中断すると解することができます。
 仮差押命令によって、どのような範囲で債権が保全されるのかという論点については、最判平成24年2月23日民集66巻3号1163頁があります。仮処分の被保全権利と本案の請求権との間には、「請求の基礎において同一性」があればよいとの古い判決がありますが、上記最判は、仮差押命令についも、「仮差押命令は、当該命令に表示された被保全債権と異なる債権についても、これが上記被保全債権と請求の基礎を同一にするものであれば、その実現を保全する効力を有するものが相当である」と判断しました。

 もっとも、この事案は、やや特殊な事実関係があります。

 この事案では、Xが、Aに対し、貸金債権を有しており、さらにA所有の建物等に根抵当権の設定を受けていました。ところが、Xの主張によると、AがXに無断で当該建物を取り壊し、貸金債権の回収を困難にしたとされました(不法行為)。Xは、Aに対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全債権として、AのBに対する債権について仮差押命令を得ました。次いで、Xは、Aに対し、主位的請求として不法行為に基づく損害賠償請求を、予備的請求として貸金債権の支払い請求を求めました(不法行為の請求額は、基になった貸金債権の額よりも大きいという関係にあり、不法行為が主位的請求となっています。)。しかし、判決では、主位的請求は棄却され、予備的請求のみ認容されました。その結果、仮差押え命令に表示された被保全債権は、棄却されるという結果に至りました。

 判決は、請求の基礎の同一性に続いて、上記の事実関係に関連し、以下のように述べています。

「 前記事実関係等によれば,本件仮差押命令の被保全債権である本件損害賠償債権は,債務者であるAが債権者である上告人に無断で担保物件を取り壊したことにより,本件貸金債権の回収が困難になり,本件貸金債権相当額を含む損害を被ったことを理由とするものであるから,本件貸金債権の発生原因事実は,本件損害賠償債権の発生原因事実に包含されていることが明らかである。そうすると,本件貸金債権に基づく請求は,本件損害賠償債権に基づく請求と,請求の基礎を同一にするものというべきである。」

 つまり、この事案の事実関係では、主位的請求(不法行為)は、予備的請求(貸金債権)を完全に包含しています(Xは、AがXの貸金債権の回収を妨害したという前提に立って、不法行為の主張をしているのですから、当然のことではあります。)。

最判平成27年2月17日と最判平成24年2月23日との関係]
 最判平成27年2月17日の原審は、最判平成24年2月23日に言及していました。しかし、最判平成27年2月17日は、最判平成24年2月23日には触れていません。その理由は明らかではありませんが、

  • 「委託を受けた保証人が事前求償権を被保全債権とする仮差押えをすれば、事後求償権についても権利を行使しているのと同等のものとして評価する」のであれば、訴えの変更に関する「請求の基礎の同一性」(民訴143条1項)を持ち出すまでもない、
  • 最判平成24年2月23日のような発生原因事実の包含関係が無い、

といった事情があるのかもしれません。