延長された特許権の効力と実質同一物

 東京地判平成28年3月30日は、延長された特許権の侵害が争われた最初の事案といわれています。
 延長された特許権の効力について、特許法68条2のは、以下のとおりです。

特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」

 旧薬事法及び現薬機法の場合、用途が効能・効果なのか用法・用量まで含むのかはともかくとして、承認には用途が定められています。したがって、延長された特許権の効力は、「物」及び「用途」で画されます。
 この「物」及び「用途」の解釈を巡っては、従前より、特許庁は、「物」は有効成分、「用途」は効能・効果と解釈してきたところ、最近の知財高裁の判決(とりわけ、知財高判平成26年5月30日の傍論)とは、これを否定しています。当該判決によると、「物」は有効成分に限られず、成分すべてによって特定され、「用途」は、効能・効果だけでなく用法・用量も含みます。
 当該判決のように物及び用途を解釈すると、「物」及び「用途」で画される範囲とは、承認を受けた品目のレベルに具体化されます。そのような範囲では、特許権の延長は無力になってしまうのではないか、簡単に回避されてしまい(例えば、添加物を入れ替えて「物」を違えることによる。)、後発薬が簡単に参入できてしまうのではないか、との反論があるところです。
 この問題について、当該判決は、均等物や実質的に同一と評価されるものが含まれると判示しています。この判示に対し、均等物はどのような趣旨か、均等論と異なるのか、実質的同一物の外延が不明確ではないか、との反論のあるところです。

 もっとも、実質的同一の範囲についても法の適用を認めることは、この論点に特有のことではありません。東京地判平成10年10月7日判タ987号255頁は、均等論に関し、譲渡担保及び事実婚の例を挙げ、法の実質主義を説明しています。知財でも、不競法の形態模倣では、デッドコピーに限らず、実質的な同一物も対象とされています。延長された効力の範囲についても、実質主義を適用することに障害があるわけではありません。

「 特許発明の構成と対象製品の対応する部分が異なっていても、右のような要件を具備する場合に、対象製品が特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして特許請求の範囲に属するものとするのは、例えば、物の譲渡、代物弁済予約という所有権移転契約(予約)の形式をとっているものの実質が担保である場合には、法的にも譲渡担保、仮登記担保等の担保として扱い、婚姻の届出は欠く点で形式的には婚姻の要件を具備しないが、それ以外は夫婦としての実質を具備した男女の関係を内縁として婚姻に準ずる法的保護を与えること等に表われる、法の形式的適用から生ずる不公正を是正するための、法の実質主義とでもいうべきものに根拠を置くものと解すべきである。」

 均等論は、特許請求の範囲の存在を前提とした議論であり、延長された特許権の効力について用いることはできません。均等物及び実質的同一物は、法の実質主義という点で均等論と共通するものの、均等論ではありません。

 製薬業界の各会社にとっての予見可能性という観点からは、実質同一物の類型化が望まれます。有効成分及び効能・効果の特許については、生物学的同等性の範囲で、実質同一の範囲が認められる方が良いでしょう。有効成分と添加物との組み合わせの特許については、実質同一物の議論の前に、添加物を変えると技術的範囲に属さなくなります。もっとも、最終的な結論は、個別具体的なの事実関係に依存します。

 東京地判平成28年3月30日は、実質同一物に関し、

「当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」と相違する点がある対象物件であっても,当該対象物件についての製造販売等の準備が開始された時点(当該対象物件の製造販売等に政令処分が必要な場合は,当該政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点と解される。)において,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして,その相違が周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではないと認められるなど,当該対象物件が当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」の均等物ないし実質的に同一と評価される物(以下「実質同一物」ということがある。)についての実施行為にまで及ぶと解するのが合理的であ(る)」

と判示しています。
重要な点は、「存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして,その相違が周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではないと認められるなど,」とあるとおり、発明の種類や対象を考慮に入れているという点です。周知技術・慣用技術は、いずれの分野でのどのような目的での「周知」又は「慣用」であるのかという文脈を背後に有しています。特許発明の種類や対象に応じ、どのような周知技術・慣用技術を許容するのかには、違いが生じることもあるでしょう。
 要件事実の観点から、技術的範囲に属する(請求原因)→出願から20年経過(抗弁)→延長された効力の範囲(再抗弁)とすることもできますが、特許の存在の主張の際に出願日が現れることを理由に、技術的範囲に属する+延長された効力の範囲に属する(請求原因)とすることもできます(前者は、実質的同一の範囲が技術的範囲に収まるべきことの確認的な意味合いとして)。