応用美術(工業デザイン)の著作物性

 
TRIP TRAP事件の控訴審判決以降、応用美術がどのような場合に著作物に該当するのかという点に関し、様々な見解が現れています。この問題の実質的な論点は、3次元の工業的デザイン(例えば、スポーツカー、バイク、飛行機など)を専ら意匠法で保護するのか、それとも著作権でも保護するのかという点にあります。
 
 著作権法が想定している美(術)と、機能的な美とは、共通する要素もあるものの、座標軸が異なるのだろうと思います。両者が直交しているわけではないため、ベクトルの内積をとると0にはなりません。機能的な美の程度が増していくと、著作権法の美の座標軸に投影した値も大きくなります。そのため、「高度な」美が求められる、という従前の説明も、間違っているわけではありません。しかし、座標軸が異なることを省略すると、ミスリーディングな説明ではあります。

 同様な例には、不法行為の違法性(受忍限度)と差止の違法性(受忍限度)との関係があります。
 
 国道43号線の公害に関する不法行為に基づく損害賠償と人格権侵害に基づく差止めに関し、最判平成7年7月7日民集49巻7号1870頁(平成4年(オ)第1503号)と最判平成7年7月7日第49巻7号2599頁(平成4年(オ)第1504号)。
 
 不法行為に関し、最高裁は、国側の上告を棄却し、原審(住民の損害賠償請求を認容しました。)の結論を支持しています。その際、規範として、大阪空港事件の大法廷判決(最判昭和56年12月26日 民集 第35巻10号1369頁)を引用し、
「営造物の供用が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害 となり、営造物の設置・管理者において賠償義務を負うかどうかを判断するに当たっては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ 公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始 とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無 及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべ きものである。」
と判示しています。

 その一方、差止請求に関し、最高裁は、住民側の上告を棄却し、原審(住民の差止請求を棄却しました。)の結論を支持しています。その際、不法行為と違法性の有無について結論が異なる理由として、以下のとおり判示しています。

「道路等の施設の周辺住民からその供用の差止めが求められた場合に差止請求を認 容すべき違法性があるかどうかを判断するにつき考慮すべき要素は、周辺住民から 損害の賠償が求められた場合に賠償請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断 するにつき考慮すべき要素とほぼ共通するのであるが、施設の供用の差止めと金銭 による賠償という請求内容の相違に対応して、違法性の判断において各要素の重要 性をどの程度のものとして考慮するかにはおのずから相違があるから、右両場合の 違法性の有無の判断に差異が生じることがあっても不合理とはいえない。このよう な見地に立ってみると、原審の右判断は、正当として是認することができ、その過 程に所論の違法はない。」

 不法行為による損害賠償請求と差止請求とでは、考慮すべき要素は多くの点で共通します。結論が異なり得る理由は、受忍限度の閾値が同じ座標軸上で2段階に設定されている(差止の方が閾値が高い)のではなく、考慮要素に乗ずる重みが、損害賠償請求と差止請求とでは異なる(例えば、差止請求での公共の利益の重みは、損害賠償請求よりも大きい)、つまり、座標軸が異なるという点にあります。

 著作権法上の美と工業デザインとしての美も、上記と同様の関係にあると解することができます。