用途発明

 化学の分野では、用途発明というジャンルがあります。具体的には、公知の物質について、新しい用途を見出したという場合です。公知物質を特定の病気の治療用途に用いるという発明が、その典型例です。
このような発明に特許を付与するにあたって、どのような形式をとるべきなのかという問題があります。まず、「○○用の組成物」という表記では、その組成物自体は公知なのだから、新規性を欠いており、特許すべきではないという考え方があります。端的に使用方法として表記すればよいのかというと、そのような書きぶりでは、治療剤の発明の場合、治療方法の発明になってしまうため、わが国では、特許の適格性を欠いてしまいます。そのような事情で、わが国では、「○○用の組成物」という表記を認めています。ヨーロッパでは、「スイス型クレーム」と呼ばれる独特の表記方法がありますが、最近では、日本的な表記も認めています。

このような用途発明の特許では、本当にその用途に使えるのか(実施可能要件)、その用途に供するという課題を解決できる程度の記載があるのか(サポート要件)、その用途に使えるとしても、その効果は、出願時の技術水準と比較して取るに足らないものではないのか(進歩性)というハードルがあります。これらの要件の立証に必要なデータは、出願時の明細書に具体的に記載しておく必要があり(どの程度をもって具体的というのかは事案によりますが、評価方法と結果について簡潔に記載しておくことは必要と思います。)、後だしは不可というのが一般的な理解でした。

しかし、最近、知財高裁3部が、このような従来の常識を覆すような判決を下しています。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100128164541.pdf
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100716094532.pdf


従前の慣習に囚われないという姿勢には感銘を受けるのですが、このようなプラクティスに変更するとしたら、問題が多いと思うのです。
もし、有用性及び効果について何も具体的な記載が要らないというなら、小賢しい出願人は、公知物質について、ありそうな用途を全て記載して出願してしまうでしょう。そして、後付でデータを取り、裏が取れた用途のみに補正して権利を取得するでしょう。このやり方では、データがないうちに実験したことが露骨ですが、用途ごとに出願をし、裏が取れなかった出願については公開前に取り下げれば、あらゆる用途について出願したという痕跡は残りません。
国際調和という観点からは、具体的な記載を求めることにも問題はあるのですが、わが国の司法制度では、詐欺的な手段で特許を取得しても、その権利を行使する側は、その実態を開示させる手段を持っていません。そのような権利行使について、懲罰的なサンクションが用意されているわけでもありません。そのような状況の下、急な方針転換が適切といえるのか、疑問に感じています。