専属管轄の合意と併合管轄(国際裁判管轄)

 我が国では、これまで、渉外的な民事訴訟での国際裁判管轄についての立法はなされていませんでした。国際裁判管轄について、裁判所の発展させてきたルールは、
民事訴訟法の国内の土地管轄に関する規定に列挙されている裁判籍のいずれかが我が国内にある場合には、原則として我が国に国際裁判管轄がある。もっとも、特段の事情(例えば、被告の著しい不利益や証拠の外国での偏在)がある場合には、国際裁判管轄を否定する。
というものでした(最判平成9年11月11日民集51巻10号4055頁)。
 その後、国際裁判管轄について民事訴訟法の改正が進められ、近々、施行されることになっています。


 異なる国の法人同士が契約を締結する場合、紛争解決に関し、専属管轄条項を加えることがあります(日本では、専属管轄の合意は有効です(最判昭和50年11月28日民集29巻10号1554頁;改正後の民事訴訟法3条の7)。当然のことながら、強い立場にある当事者は、自らに有利な裁判所(基本的には、自国の裁判所)の専属管轄とすることを主張します。
相手方当事者からすると、紛争が生じたとしても、外国の裁判所に訴えを提起することを強いられます。外国の裁判所では、ホームタウンディシジョンがあるかもしれませんし、外国の弁護士に依頼するため費用も嵩み、不慣れな訴訟手続きを理解しなければなりません。したがって、これらの費用と労力を補って余りある紛争でなければ、あえて訴えを提起しようとは思いません。その結果、多少の紛争では、泣く泣く引き下がるということも生じます。

 もっとも、専属管轄の合意が万能というわけではありません。その理由は、主観的併合による併合管轄(民訴法7条ただし書参照)があるためです。具体的には、被告が複数であり(Y1及びY2とします。)、原告Xと被告Y1とは専属管轄の合意をしていたとしても、別の被告Y2の管轄に引きずられ、被告Y1についても、合意した管轄裁判所以外の裁判所で裁判が行われてしまうという可能性が生じます。国際訴訟での主観的併合については、要件のみならず、そもそも許容されるのかという点を含めて議論がありますが、裁判例では、(i)共同被告間に行為面又は組織面で密接な関係が認められる場合に限って認めるか、(ii)当事者間の公平、裁判の適正・迅速を考慮して判断するという見解が大勢です(櫻田先生の詳細な分析があります。)。
 併合管轄を認めると、せっかくの専属管轄の合意が骨抜きにされてしまうため、弁護士からは強い反対があるようです。もっとも、Xの利益を考慮すると、併合により一括して紛争の解決を図ることに合理性がある場合も否定できません。

 東京地判平成22年11月30日判時2104号62頁の事案では、まさにこの問題が争点の一つでした。
 原告Xは、小売酒販業者によって組織されて私的年金制度を営んでいた任意団体です。被告Y1は、Xに対し、年金資金の運用の一環として、外国法人が発効した仕組み債への投資を勧誘しました。Xは、それに応じて投資を行いましたが、期待した運用はできず、損害を被りました。勧誘にあたり、Y1は、Xに対し、元本欠損が生じるというリスクを説明していませんでした。
 Y2は、スイスの金融機関です。Xは、直接に上記仕組み債を購入できなかったため、Y2の従業員に依頼して、Y2に購入の取次を依頼しました。XとY2との間には、Trust Agreementが締結され、その契約において、Y2がXの依頼を受けて上記仕組み債を購入し、保護預かりをすることなどに加え、XとY2との間の紛争はチューリッヒ又はジュネーブの裁判所が専属管轄を有することが規定されていました。

 Xは、被った損害について、Y1に対し、金販法4条及び民法709条に基づく損害賠償を請求するとともに、Y2に対しても、民法709条、719条(共同不法行為)、715条(従業員Y3に対する使用者責任)に基づく損害賠償も請求しました。この訴訟は、東京地裁に提起されました。
 
 Y2は、もちろん、本案前の抗弁として、日本の裁判所には管轄がないと主張しました。

 裁判所は、主観的併合による渉外的民事訴訟について、一般的な規範として、以下のとおり判示しました。

「訴えの主観的併合による渉外的民事訴訟について、その訴訟の我が国内における裁判籍が民訴法7条ただし書きによる併合請求の裁判籍の規定によって初めて認められるにすぎない場合においては、当該具体的な事案に照らして、我が国の裁判所において裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に適合するものと認められる特段の事情が存在する場合において初めて、我が国の裁判所に国際裁判管轄があるとすることが、上記(1)の国際裁判管轄を決定すべき際に従う条理に適うものというべきである。」

 そして、この事案では、
(i)Y2が、訴え提起時に日本国内に支店を有していた、
(ii)Xは、契約交渉を日本で行った、
(iii)Y3(Y2従業員)に対する請求とY2に対する請求とは密接な関連性がある、
(iv)Y3の主な行為は日本で行われた、
(v)投資について中心的な役割を果たした者(Y1及びY3を含む。)は、日本に居住している
などの事情を挙げ、日本の裁判所で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に適合するものと認められる特段の事情が存すると判断しました。

 Xは、ドメスティックな団体であり、外国での訴訟の追行は相当な負担になると予想されます。しかも、年金の運用で損失を被っています。その一方、Y2は、世界的な金融機関であり、日本で訴訟を追行する能力は十分に有していると推測されます。したがって、弱者の救済という後見的な立場からは、日本に管轄を認めることも合理的です。
 しかし、当事者間に何も合意がなければこのような展開が予想されるからこそ、Y2は、専属管轄を望んだともいえます。それにもかかわらず、契約当事者ではない者の事情で管轄が日本に認められてしまうことは、納得のいかないことでしょう。


 改正後の民事訴訟法の下では、この事案は、どのように扱われるのでしょうか。
 まず、3条の7により、合意による専属管轄は認められます。その一方、3条の6ただし書きにより、主観的併合も、一定の要件下で認められます。そして、法令上の専属管轄については、3条の6及び3条の7ともに適用が排除されますが、合意の専属管轄では、3条の7は有効です。つまり、合意の専属管轄と主観的併合とが併存します。両者が衝突する場合には、3条の9の特別の事情(日本の裁判所が当事者間の衡平を害し又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認める時は、その訴えの全部又は一部を却下することができる)で処理されます(判タ1361号9頁参照)。
 結局、改正後も、本事案と同様の問題は生じ得ます。