数値限定発明と設計事項

 組成物や合金の分野では、使用できる成分が出尽くしているため、成分の組み合わせ、含有割合の限定、新たなパラメータの創出などによって選択発明による権利化をせざるを得ないことがあります。

 もっとも、成分を組み合わせても単なる足し算にとどまっている場合には、進歩性を肯定することは困難です。数値限定による特許化も、容易ではありません。その理由は、従前より知られていた目的及び効果のために既存の変数(例えば含有割合)を最適化することは、設計事項と考えられているためです。数値範囲に臨界的意義があれば進歩性は認められますが、臨界的意義があることは例外的です。

 その一方、既存の変数でも、従前とは異なる目的で用いる場合には、その変数は、従前にない技術的意義を有していると評価され、進歩性が肯定される可能性が高まります。
新しいパラメータによって発明を特定する場合にも、新たなパラメータによって発明を特定する動機づけが公知技術には見いだせないことが多いため、進歩性が肯定される可能性が高まります。新しいパラメータでは、サポート要件の問題が生じ易いのですが、パラメータについて技術的な裏付けがあれば(とりわけ、発明者がその裏付けを見出して明細書に開示していれば)、サポート要件の問題も解消します。

 確かに、変数について新たな知見に基づいて新たな意義が付与されたのであれば、変数によって特定された発明は、保護されるべきです。しかし、技術的な視点よりも権利化の意識が先行してしまうと、倒錯した事態が生じかねません。つまり、権利化のため、従来は問題にされていなかったような課題や目的をひねり出し、その課題や目的のためにクレームの変数を使ったというストーリーを創り上げてしまうおそれが生じます。実際のところは、従来からの課題や目的のために変数を最適化していても、ありのままを記載すると権利が取得できないため、後付けで課題や目的を考えるのです。

 本当に価値のある発明であるのか、それとも権利化のためのテクニックが講じられた発明であるのかを見極めるのは、難しい作業なのかもしれません。
もちろん、一見したところ数値の最適化のようであっても、新たな知見に基づいた技術的価値のある成果は、保護されるべきです。

 知財高判平成22年12月6日判タ1364号237頁(電磁鋼板事件)も、数値限定発明での数値の最適化が設計事項であるのか、動機づけがないのかが争われた事案です。
この事案で特許性が争われた本願発明は、電磁鋼板に関するものです。引用例(甲1)に記載された発明(引用発明)と対比すると、相違点は、
I 本願発明ではSiが0.3%以上2.9%以下であるが、主引用発明では3.1%である。
II 本願発明ではNが0.0050%以下であるが、主引用発明ではNの割合が不明である。
III本願発明では、
①Si+酸可溶Al+1/2Mnの質量%の和が4.0%以上であること、
②表面コーティング及び打ち抜き加工後の疲労痕が350MPa以上であること
フェライト結晶粒系が95μm以下であること
でした。
引用例では、III①のSi、酸可溶Al及びMnが電磁鋼板の特性(鉄損、磁束密度、打ち抜き加工性など)について類似した挙動を示すこと、いずれの成分についても上限が4.0%であることが記載されていました。
審決は、Si、酸可溶Al及びMnが等価な成分であると判断し、Siのみが含まれた系を出発点として、Siを減らして酸可溶Al及びMnに割り当てることは当事者にとって当然のことと考えたようです。

 しかし、判決は、審決の上記判断を排斥しています。その理由として、引用例には、上記3成分を共存させた場合の電磁鋼板の特定について記載されていない、上記3成分が等価な成分ということは困難である、本願発明で特定された上記3成分の含有割合によって好ましい磁気特性及び疲労強度特性が得られると予測することは困難であるなどの事情が挙げられています。

 金属の場合、成分の僅かな差異でも、性質に大きな違いが生ずることは少なくありません。しかも、使用できる元素は限られているため、元素の組み合わせや含有割合の限定による成果を保護しなければ、そもそも特許の対象が消えてしまいかねません。金属という分野の特殊事情を考慮に入れると、本判決の判断も、適切であったのでしょう。
 しかし、本判決の判断手法は、他の技術分野でも一般化できるものとまではいえないように思います。