営業秘密の不正取得

 日本の大手製鉄会社(原告)が、韓国の大手製鉄会社(被告)に対し、電磁鋼板の製造方法に関し、不正競争防止法の営業秘密不正取得行為(不正競争防止法2条1項4号;報道の内容からすると、取得のみならず、不正取得した営業秘密の使用行為も含まれていると解されます。)に基づいて、東京地裁に訴えを提起したとの報道がなされています。

 営業秘密に関する紛争で判決まで至った事例は、比較的小規模な団体の分裂や独立に関するものが多く、大会社同士の紛争は少ないという印象があります。その理由の一つには、相手方が営業秘密を取得したことの立証が困難であるということが挙げられます。相手方の製品が自社製品と類似していても、情報の流出経路を特定できた場合はともかく、相手方が社内で独自に開発をしたという主張をされると、それ以上の追及は難しくなります。
 
 今回の事案では、報道によると、元々、被告の技術が中国企業に流出したことが韓国の訴訟で争われ、その過程で、その技術が実は原告に由来すること、原告の元従業員が流出に関与したことが疑われたようです。そして、原告が、日本での証拠保全手続き(民訴234条)により、元従業員の自宅で関連書類を差し押さえた結果、流出経路を特定する証拠を得たようです。
なお、証拠保全の申立てにあたっては、保全の必要性が必要とされるため、手当たり次第に申し立てることはできません。したがって、何らかの手がかりがなければ、証拠保全で証拠を入手することは困難です。

 情報の流出に関しては、問題の情報が不正競争防止法上の営業秘密に該当するのか否かもしばしば問題になります。
 不正競争防止法上の営業秘密とは、
「①秘密として管理されている(秘密管理性)②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって(有用性)、③公然と知られていないもの(飛行知性)」(不正競争防止法2条6項)
です。特に、比較的小規模の団体には、①秘密管理性の要件の充足性が問題になります。具体的には、情報を記録した書類や記録媒体を施錠して管理していたのか、情報を記録したファイルにパスワードをかけていたのか、そのパスワードをアクセス権限のない者には知られないよう管理していたのかなどの対策を講じていたのかが問われます。


 営業秘密の流出に関し、大規模な会社が当事者となった事例で、これまでに判決に至ったものとしては、東京地判平成22年3月30日(平成19年(ワ)第4916号、平成20年(ワ)第3404号)があります。
 この事案の原告は、大手石油化学会社であり、被告は、原告の元従業員、その元従業員が代表取締役を務める会社などでした。もっとも、コンペティターそのものは被告とはなっていないという点で、上記の電磁鋼板の事案とは異なります(コンペティターは、訴え提起の段階では、入手した情報による事業の開始には未だ至っていなかったようです)。

 事案の概要は、原告は、ポリカーボネート(PolyCarbonate;PC)樹脂の製造能力を有する世界でも数少ない会社であり、原告のPC樹脂製造設備(PCプラント)のPiping & Instrument Diagram (プラント内の各機器,それらをつなぐ配管,装置運転を制御するための計器類をダイヤグラム形式で工程ごとに表した図面;P&ID)が、被告らが原告の従業員に働きかけることによって流出し、中国企業に渡ったというものでした。

 原告が情報の流出を立証できた背景としては、訴外企業が問題の中国企業の技術支援を行っており、被告が当該訴外企業にP&IDの図面を提供していたところ、当該訴外企業の従業員が、その図面を原告に提供し、原告が、その図面と原告のP&IDの図面とが酷似していることに気付いたという事情があるようです。

 東京地判平成22年3月30日の事案の特徴としては、
(1)従来の裁判例よりもやや緩い管理体制でも、秘密管理性が充足されたと判断されている
(2)被告が働きかけた原告従業員が具体的には特定されていないにもかかわらず、不正取得行為が認定されている
という点が挙げられます。

 (1)については、資料はFDに記録され、ロッカーに保管されていました。そして、FDの保管場所の建物出入口の扉には、「関係者以外立入禁止」の表示が付され,ロッカー内の上記FDが入れられたケースの表面には,持ち出しを禁止する旨が記載されたシールが貼付されていました。しかし、ロッカーに施錠されていたわけではありませんでした。
 しかし、工場の敷地そのものが部外者立ち入り禁止であり、守衛が駐在していたなどの事情を考慮して、秘密管理性が充足されたと判断されています。
 (2)については、原告の従業員が関与したことまでは認定できるものの、具体的な人物までは特定できていません。しかし、被告の不正取得行為の認定にあたっては、そこまで具体的な事項までは必要とされませんでした。

 今後、営業秘密に関し、大手企業が当事者となる事例が増えるかもしれませんが、情報の流出経路の特定は、依然として障壁となるように思います。