翻案の成否と「本質的特徴の直接感得」

 携帯電話向け釣りゲームの「魚の引き寄せ画面」の翻案権侵害を巡って争われた事件の控訴審判決が出ています。一審は翻案権侵害を肯定し、その結論が意外であったのですが、控訴審は、翻案権侵害を否定しました。

 今日、翻案権の規範として、江差追分事件の最判平成13年6月28日民集55巻4号837頁が用いられています。この事件でも、江差追分事件最判の判示にしたがって判断がなされています。当該最判の判示内容は、以下のとおりです。

【要旨1】「言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),
【要旨2】既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である。」

 
[判断手法]
 実際に用いられる判断手法は、まず、①既存の著作物と新たな著作物との共通点を認定し、次に②共通点に表現上の創作性があるか否かを判断し(要旨2)、さらに③新たな著作物に接する者が、既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得できるか否かを判断する(要旨1)、というものです。
 控訴審判決も、「共通する部分は、表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分にすぎず、またその具体的表現においても異なるものである」(②に対応)との判断の後、さらに「相違部分の内容や創作性の有無又は程度」も考慮に入れ、「被告作品の魚の引き寄せ画面に接する者が、その全体から受ける印象を異にし、原告作品の表現上の本質的特徴を直接感得できるということはできない」(③に対応)と判断しています。


[判旨2とは別に判旨1があることの意味]
 共通点が表現ではないか(たとえば、思想感情そのもの、アイデア又は事実にすぎないか)、表現であっても創作性が欠けていれば、②のステップで翻案権侵害は否定されます。③に進むまでもありません。
 その一方、②で共通点に表現上の創作性があると判断されても、③本質的な特徴が感得できないという場合(②は○でも③が×、その結果、翻案権侵害を否定)があるのかという点については、議論のあるところです。

そもそも、要旨1は、元来、同一性保持権の事案で示されたものでした(最判昭和55年3月28日民集34巻3号244頁(パロディ事件))。翻案についてもこの規範が適切であるとする学説が有力であり、江差追分事件の最判は、この状況を追認したものといえます。
 もっとも、江差追分事件の最判は、要旨1を同一性保持権の事案から転用するのみだけでなく、要旨2も加えています。そこで、要旨1と2との関係をどのように理解すべきであるのか、という点が議論になるわけです。


[希釈化論]
 郄部判事(控訴審の裁判長、江差追分事件の調査官)は、②で共通点に表現上の創作性があると判断されても、③本質的な特徴が感得できない場合があるという見解を採っています。その理由は、新たな著作物の中に既存の著作物の創作的表現が取り込まれていても、新たな著作物で加わった創作的表現の中に埋没し、色あせてしまうことがある(駒田先生は「希釈化」と表現しています。)という点にあります
この見解は、希釈化が進んだ場合の比較衡量を、類比のレベルで行ってしまうというものです。確かに、独創的な長編小説のうち僅か1段落が、既存の著作物の創作的表現と一致していたからといって、翻案権侵害を肯定して差止めを認めるという結論は、問題があります。
 しかし、上記見解に対し、批判的もあります(例えば、駒田先生の百選)。例えば、翻案であることは肯定した上で、実質的違法性の欠如とする、権利濫用法理を活用するなどの枠組みが提案されています。

 希釈化によって本質的特徴が感得できなくなるという説の問題点は、翻案権侵害を著作物のどの範囲について判断するのかという対比の土俵の設定の場面で、顕になります。
権利者は、対比すべき範囲を限定して主張を組み立てます。範囲を限定すればするほど、新たな著作物で付加された創作的表現は少なくなり、既存の著作物の創作的表現の重要性が増します。長編小説の例では、小説全体ではなく、一章だけ、さらには1頁だけなど、範囲を限定する方が、権利者にとっては有利です。
 その一方、被疑侵害者は、対すべき範囲をできる限り広く設定して主張を組み立てます。範囲を広げるほど、新たな著作物で付加された創作的表現が増え、希釈化が進むためです。


 同じような状況は、部分意匠の侵害の成否でも生じます。被疑侵害品のパーツだけを取り出してみると、その意匠は、登録された部分意匠の実線部分と類似するものの、物品全体で比較すると、全く異なる印象を与えることがあります。
 もっとも、部分意匠の場合、全体の物品そのものが非類似であれば、意匠権侵害は生じません。さらに、権利者は、出願の段階で、物品全体において部分意匠が概ねどのような位置にあるのか、どのようなサイズであるのかを記載しています。
 それに対し、著作物の場合、創作的表現が保護の対象であって、対比すべき範囲が厳密に指定されているわけではありません。その結果、対比の範囲の設定の自由度が大きく、上記のような問題が生じます。