「新規性のある構成を見出すこと」という課題

[「新規性のある構成を見出すこと」という課題の下でのサポート要件及び進歩性]
 サポート要件の規範には、一般に、偏光フィルム事件大合議判決の規範が用いられています。
(「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」)。
(注:この規範はパラメータ発明に限定されるべきであるとの見解もありますが、広く支持されているとはいえません。)

 この判断には、課題の認定が必要です。日本の明細書では、本願発明を先行技術と対比した場合の課題が記載されていることが一般的です。しかし、外国(特に、米国)の明細書では、課題が明示されていないことの方が一般的です。さらに、日本の明細書でも、明細書に記載されていなかった先行技術(多くの場合、明細書に記載の先行技術よりもさらに本願発明に近い先行技術が発見されます。)が引用されると、解決すべき課題の認定をやりなおすことが必要となります。
 この課題が「新規性のある構成を見出すこと」であると認定してしまう場合、どのような判断が続くのでしょうか。
 まず、本願発明が新規である限り、クレームの記載は、サポート要件に適合します。
 さらに、進歩性の判断における「課題」とサポート要件の判断における「課題」が合致するとすれば、本願発明に新規性がある以上、新規性のある構成を見出すという課題を解決することにより、本願発明には進歩性があるということになります。
 つまり、課題が「新規性のある構成を見出すこと」であると認定すると、進歩性もサポート要件も肯定されます。

知財高判平成24年11月7日(平成23年(行ケ)第10235号)]
 知財高判平成24年11月7日(平成23年(行ケ)第10235号)は、上記のような事案です。
 本件発明は、有機発光デバイスの発光組成物に関し、発光物質として燐光性のIr錯体を特定しています。

(【請求項1】式L2MX(式中,L及びXは,異なったモノアニオン性二座配位子であり,MはIrであり,さらに前記L配位子はsp2混成炭素及び窒素原子を介してMに配位し;前記X配位子がO−O配位子又はN−O配位子である)の燐光性錯体を含む,有機発光デバイスの発光層として用いるための組成物(但し,L2MX中,Xがヘキサフルオロアセチルアセトネート又はジフェニルアセチルアセトネートである組成物を除く))

 Lは、二座配位子であり、Xも、O−O又はN−Oの二座配位子です。したがって、L2MXは、合計8個の配位子がある八面体構造を採ります。

 背景として、明細書には、L2IrXのうち、1種類の錯体(“BTIr”と呼ばれています。)についてのみ、量子効率が記載されているにすぎず(その錯体については、量子効率は12%という高い値です。)、他の錯体について、燐光性であることは窺えるものの、量子効率の値が開示されていないという事情があります。しかも、従来、別のタイプのIr錯体(具体的には、Ir(ppy)3);二座配位子が全て同じ種類であり、合計3つです。)では、8%の量子効率が実現していました。
 そこで、BTIr以外のL2IrXについても権利を付与してよいのか、という点が問題になります。
 量子効率が低い錯体の実用性は低いため、権利が存在しても、第三者にとって障害にはなりません。第三者の関心は、L2IrXのグループ全体に権利が認められることにより、明細書に具体的に開示されていないが量子効率の高い錯体にも権利が付与されることにあると推測されます。

 
 裁判所は、先行技術を検討し、出願日当時の技術水準では、理論上、燐光を発する有機金属化合物を発光材料として発光層に使用して発光効率を改善することは認識されていたにもかかわらず、実際の例としてはIr(ppy)3しか知られてなかったことを認定しました。
 そして、「本件発明の課題は,「有機発光デバイスの発光層に使用した場合に燐光を発する新たな有機金属化合物を得ること」であると認めるのが相当である。」と認定しました。

 この事案の事実関係では、本件発明がパイオニア的であるようであり、上記の認定も適切であるように思います。しかし、上記のように課題を認定すると、後続の判断の結論は明らかです。課題の認定で決着がついてしまうという事案が存在することは確かですが、そのような傾向が進みすぎると、判断のステップが形骸化するおそれがあります。