サポート要件適合性の規範(「当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のもの」と「必要かつ合目的的な解釈手法」)

[2つの規範]
 サポート要件適合性の規範としては、多くの場合、偏光フィルム事件の

「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであ(る)」

が使用されています。この規範では、発明の課題をまず定め、その課題の観点から、クレームの発明で課題が解決できるのかという判断が行われます。

 その一方、知財高裁の3部及び1部(特に飯村所長が裁判長の場合)では、

「法36条6項1号の規定の解釈に当たっては,特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明の記載の範囲と対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足り(る)」

という規範が登場することがあります。この立場は、偏光フィルム事件はパラメータ発明という特殊なクレームの事案に関するものであるととらえ、その射程を限定しています。(注:裁判体が、サポート要件について課題にとらわれない上記の規範を採用する場合、その裁判体は、進歩性については、課題を厳格に(より具体的に)認定する傾向にあります。両者を統一的に扱う方が、一貫性があるように思えるのですが。)

 後者の立場が現れた際には、その趣旨は、偏光フィルム事件よりもサポート要件適合性を広く認めることにあるのではないかとも思われました。
しかし、後者の立場も、「特許請求の範囲が,発明の詳細な説明の記載の範囲を超えているか否か」について、文言の比較だけをしているわけではないようです。進歩性について、発明が何らかの「課題」の解決手段であると位置づけるのであれば、(「課題」概念を明示的に持ち出すか否かは別として)サポート要件にも、同様の趣旨が当てはまります。
 したがって、サポート要件の判断を実質化するのであれば、上記のどちらの立場をとるとしても、同じ結論に収束するはずです。

知財高判平成25年2月20日(判時2193号83頁)]
知財高判平成25年2月20日(判時2193号83頁)は、無効審判の審決取消訴訟であり、主たる争点は、サポート要件の判断です。審決は、クレームはサポート要件に適合すると判断しましたが、判決は、この判断を否定しました(つまり、サポート要件に不適合)。

この判決でのサポート要件の判断は、課題の認定を経ていません。判時のコメント欄でも、後者の規範(「特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明の記載の範囲と対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足り(る)」)を引用しています。
 しかし、その判断は、特許庁よりも厳しいものとなっています。

[クレーム]
問題となった発明は、金属の分野にあり、金属缶の製造の際に缶胴端部の径を広げる加工(フランジ成形)が容易になるようにした鋼板に関します。
クレームは、以下のとおりです。

A 重量%で,C:0.005〜0.040%を含有し,
B JIS5号試験片による引張試験における0.2%耐力が430MPa以上,
C 全伸びが15%以下で,
D 10%の冷間圧延前後のJIS5号試験片による引張試験における0.2%耐力の差が120MPa以下で,
E 引張強度と0.2%耐力の差が20MPa以上であることを特徴とする
F 板厚0.4mm 以下の高強度高延性容器用鋼板。」

上記の構成要件のうち、課題解決手段とよべるものは、構成要件Aのみです。
構成要件B及びCは、本件発明の対象を、解決課題が生じる領域に限定するものです。つまり、構成要件B又はCが欠けると、フランジ加工には、特段の問題が生じません。
構成要件D及びEは、効果を規定しています。構成要件D及びEのパラメータは、鋼板の加工硬化挙動に関し、パラメータが上記の範囲外では、フランジ成形性が劣化します。
そこで、構成要件Aのみ(つまり、Cの含有量のみ)で目的が達成できるのか否かが問題となります。

[発明の課題]
 本件発明の課題について、明細書を参照してもう少し詳しく見てみます。
 容器用の缶(例えば、飲料缶)には、素材の薄手化が求められていました。単に厚みを薄くすると強度が落ちるため、高強度化が必要です。その手段として、再冷延(2CR)という手法によって加工硬化により強度を補うということが知られていました。もっとも、2CRでは、新たな問題として、延性の劣化が生じます。具体的には、缶胴と缶底又は缶蓋を巻き締める際に、缶胴端部の径を広げる加工(フランジ成形)における割れが問題となります。
 本件発明の目的は、加工硬化時の延性の劣化を防ぐ点にあります。

[明細書の記載]
 もっとも、実施例の鋼板は、C以外にもSi、Mn、P、S、Al及びNを含有しています。しかも、金属の分野では、微量の成分の存在により、性質が大きな影響を受けることがあります(その理由によって進歩性が肯定されることもしばしばです。)
したがって、Cの濃度を所定の範囲にすることのみによって上記の目的を達成できるのか、明細書のみから理解することは困難です。

この事案は、具体例からクレームにするにあたって過度に一般化している類型の例といえます。

判決も、以下のとおり判示しました。

「そもそも,合金は,通常,その構成(成分及び組成範囲等)から,どのような特性を有するか予測することは困難であり,また,ある成分の含有量を増減したり,その他の成分を更に添加したりすると,その特性が大きく変わるものであって,合金の成分及び組成範囲が異なれば,同じ製造方法により製造したとしても,その特性は異なることが通常であると解される。そして,訂正明細書の発明の詳細な説明に開示された鋼の組成についてみると,含有する成分として,C:0.005〜0.040%のほか,Si:0.001〜0.1%,Mn:0.01〜0.5%,P:0.002〜0.04%,S:0.002〜0.04%,Al:0.010〜0.100%,N:0.0005〜0.0060%と特定しているところ,上記以外の成分及び組成範囲を有する鋼を用いる場合においても,上記の所定の製造方法により製造された鋼板が,良好なフランジ成形性を有するものであるとは,当業者が認識することはできないというべきであり,また,そのように認識することができると認めるに足りる証拠もない。
そうすると,鋼の組成について,「C:0.005〜0.040%を含有」することを特定するのみで,C以外の成分について何ら特定していない本件訂正発明は,訂正明細書の発明の詳細な説明に開示された技術事項を超える広い特許請求の範囲を記載していることになるから,訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。」


以上のとおり、「課題」という言葉を使うか否かにかかわらず、結論は異ならないと思います。