FRAND宣言をした特許権者は、最終的に誠実に交渉すれば、過去に遡ってライセンス料を得られるのか

 FRAND宣言に伴う権利者と第三者潜在的なライセンシー)との間の関係については、

・法的な権利義務関係が既に成立している
(例えば、差止請求権に関する権利放棄、(標準化団体の規約にも依存しますが)第三者のためにする契約(注:この法律構成の場合、準拠法は、標準化団体の定めたものとなる可能性があります。))
という見解と

・FRAND宣言及び第三者による交渉の申入れの段階では、両当事者は、法的な権利義務関係にはなく、両当事者の合意によって初めて権利義務が生じる
という見解があり得ます。

 前者の場合、ライセンス料という契約の重要な要素が合意されていないにもかかわらず、契約が成立したといえるのか、という問題は残ります。もっとも、この点は、どの段階まで当事者の合意があれば契約成立とよべるのか、という価値判断に依存します。

 後者の場合、権利者は、原則として、損害賠償を請求してよく、差止を請求しても構いません。
 ただし、信義則違反及び権利濫用など、民法の一般条項に違反する場合に限り、権利の行使が制限されます。そして、金銭請求と、差止請求とでは、その結論が異なることもあり得るように思います(同じ座標軸で、金銭請求と差止請求とでは許容できるレベルが異なるという見解もあるでしょうし、両者では考慮要素が同じでもその係数が異なるという見解もあり得るでしょう。)。
 さらに、損害賠償の請求額がライセンス料相当額に限定されるのか、合意成立までは逸失利益を請求できるのか、という問題もあります。
 
 ライセンス料相当額の支払請求が棄却された後、一般条項違反が解消されると、権利者は、過去に遡ってライセンス料を請求できるのでしょうか。
http://d.hatena.ne.jp/oneflewover/20130421/1366550722
 一般条項違反による請求棄却の目的は、当事者間の話し合いを促す目的に限られており、一般条項違反が解消されると、権利者は、過去に遡って、合理的なライセンス料を全額回収できるという構成も可能です(その場合、請求棄却の主文には工夫が必要であるように思います。)。この構成では、一般条項違反は、請求権自体を消滅させるのではなく、請求権の行使を一時的に停止させるだけです。
 
 しかし、この構成を採ると、権利者にとって、誠実に交渉するインセンティブが薄くなります。どのような交渉態度を採ろうと、最終的には、合理的なライセンス料が得られるのであれば、交渉の初期にはともかく厳しい態度で臨むことが理に適っています。
 したがって、両当事者の交渉を促すためには、権利者が誠実に交渉しなかった期間について、ライセンス料の請求権は消失すると解する方が適切であるように思います。
 誠実交渉義務違反がこのようなサンクションを伴っているとすると、誠実交渉義務違反のハードルも高くあるべきです。
 なお、損害賠償請求が棄却されるのであれば、不当利得返還請求も同じく棄却されるべきです。