同一の型番でもパラメータが変動する場合の差止め;訂正の遡及効による先使用権封じの可否

[同一の型番でもパラメータが変動する場合の差止め]
 同一の製造方法で製造された同一の型番の製品でも、原料のロットの違いやコントロールできない条件の変動などの要因により、生成物の属性にはばらつきが生じます。同じ製品の中でも、どの位置をサンプリングするのかによって、測定されたパラメータの値が異なる場合もあります。数値限定発明では、どのロットのどの部分を測定したのかによって、構成要件充足性が異なる場合も生じます。
権利者としては、1つの測定でも、構成要件を充足する結果が得られれば、そのデータに基づいて、被告製品を特定することが得策です。他の測定では構成要件非充足でも、侵害のおそれの主張は可能です。もっとも、特異的な外れ値を測定しておいて、それに依拠して、型番全てについて差止めを求めることは、統計学的にも許容されるべきではありません。

東京地判平成27年1月22日(平成24年(ワ)第15621号)では、上記のような点が争点の一つでした。
クレームは、合金に関し、以下の構成要件が含まれていました。
「{111}正極点図において,以下の(1)〜(2)の範囲のX線ラン ダム強度比の極大値が6.5以上10.0以下であることを特徴とする集合組織を有する
(1)α=20±10°,β=90±10°
(2)α=20±10°,β=270±10° (但し,α:シュルツ法に規定する回折用ゴニオメータの回転軸に垂直な 軸,β:前記回転軸に平行な軸)」
原告は、被告合金1について甲4、被告合金2について甲5を提出しました。これらの測定結果では、被告製品は、上記構成要件を充足します。その一方、被告の提出した乙号証では、被告合金は、上記構成要件を充足しません。おそらく、原告の実験結果は、外れ値を反映したものと推測されます。

裁判所は、以下のとおり判断し、差止の必要性を認めませんでした。

「原告は,同一の製造ロットから得られる限り,同一の製造工程を経て製造 するものであり,そのX線ランダム強度比の極大値は,誰がどこを測定して も同一であると主張するが,このことを認めるに足りる的確な証拠はないか ら,同一ロットの製品であっても,測定部位によりX線ランダム強度比の極 大値が変動する可能性があることは否定し難く,ましてや質別や製造ロット が異なれば,X線ランダム強度比の極大値が異なると考えられるのであって, 上記の測定結果は,まさにそのことを示すものともいえる。」
「被告の製品において,たまたま構成要件Dを充足するX線ラ ンダム強度比の極大値が測定されたとして,当該製品全体の製造,販売等を 差し止めると,構成要件を充足しない部分まで差し止めてしまうことになる おそれがあるし,逆に,一定箇所において構成要件Dを充足しないX線ラン ダム強度比の極大値が測定されたとしても,他の部分が構成要件Dを充足し ないとは言い切れないのであるから,結局のところ,被告としては,当該製 品全体の製造,販売等を中止せざるを得ないことになる。そして,構成要件 Dを充足する被告合金1及び2が製造される蓋然性が高いとはいえないにせよ,甲5のサンプル2のように,下限値付近の測定値が出た例もあること (なお,原告は,これが構成要件Dを充足しないことを自認している。)に 照らすと,本件で,原告が特定した被告各製品について差止めを認めると, 過剰な差止めとなるおそれを内包するものといわざるを得ない。」


 上記の判断は、結論として妥当です。もっとも、構成要件充足性の判断にあたり、外れ値又は異常値は排除し、端的に構成要件非充足と判断しても良いのではないかとも思います。同一の型番でも、全て同じとは限らず、同一の製品も、全て均質とは限りません。偶々生じた外れ値を奇貨として当該型番全体の差止めを許容することは、許されるべきではありません。


[訂正の遡及効による先使用権封じの可否]
 被疑侵害者が、出願時の実施形態を、発明の同一性を失わない限度で、出願後に変更しても、先使用権の抗弁が認められます。その一方、権利者は、出願時の実施形態を訂正によって除くと、先使用権を消滅させることができます。その理由は、先使用権は、出願時に被疑侵害者が特許発明を実施していることを要件とするからです。したがって、権利者は、訂正を利用することにより、被疑侵害者の先使用権の主張を封じることができることになります(もっとも、権利範囲が狭くなるというデメリットがあります。)。
 その一方、特許法79条の「特許出願に係る発明」を、訂正後の発明ではなく、出願時の発明と解すると、事後的な訂正に左右されることなく、先使用権は安定した抗弁となります。
 この事案では、上記の論点も争われました。
 しかし、判決は、条文どおり、訂正の遡及効を認め、先使用権を否定しました。
 もっとも、この事案では、先使用の事実そのものが認められていないため、上記の判断は、傍論であるように思います。