プロダクト・バイ・プロセス

 物の発明を特定するためには、通常、物の構造及び特性を用います。しかし、しばしば、特に化学の分野で、製造方法的な記載により物の発明を特定することがあります。その例は、「製造方法Xで製造された製品Y」というクレームです。このタイプのクレームは、(広義の)プロダクト・バイ・プロセス・クレームとよばれます。

 プロダクト・バイ・プロセス・クレームの利点は、物の構造及び特性が出願までに明らかにできない場合であっても、製造方法で発明を特定することにより、出願が可能になるという点です。このような事情で出願された発明は、(1)時間をかけることにより又は技術の進歩により、権利行使の時点では、物の構造及び特性が明らかになっているタイプと、(2)時間をかけても、技術が多少進歩しても、権利行使の時点では、物の構造及び特性が明らかとはならないタイプに大別されます。(1)の例として、タンパク質又はアミノ酸の配列決定が容易ではなかった時期のバイオ関連発明、(2)の例として、ポリマーブレンドの発明が挙げられます。(1)は、先願主義の下での緊急避難的な出願といえるでしょう。これら(1)及び(2)の例は、物の構造及び性質を直接規定することが困難であるか又は不適切である場合に、製造方法によって物の発明を特定した例であり、本来的な意味でのプロダクト・バイ・プロセス・クレームの例です。

 その一方、構造及び性質で物を特定できるにもかかわらず、製造方法の要件も付いたクレームも、しばしば目にします。例えば、審査段階で、物のみでは特許されないことが分かり、製造方法の要件も付加する補正をすると、このようなクレームが出来上がります。このタイプのクレームは、広義の意味で(つまり、製造方法の要件があるという意味で)、プロダクト・バイ・プロセス・クレームではありますが、本来的な意味でのプロダクト・バイ・プロセス・クレームではありません。


 プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲の解釈には、諸説あります。通説的な立場は、物同一説(被疑侵害品とクレーム記載の物とが物として同一である場合には、被疑侵害品は技術的範囲に属するという説)です。しかし、特段の事情がある場合(例えば、先行技術と差異をもたらすために製造方法の要件を付加したとか、出願経過で製造方法に技術思想の中核があるとの説明をした場合)には、限定説(技術的範囲をクレームに記載の製造方法によって製造された物に限定するという説)が支持されています。

 ところが、昨年の東京地裁の判決(東京地判平成22年3月31日)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100421142638.pdf
では、従前の原則(物同一説)−例外(限定説)の関係が逆転したかのような書きぶりになっています。

「原則として,「物の発明」であるからといって,特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく,当該特許発明の技術的範囲は,当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって,物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り,当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も,当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。」

 しかし、この判決のいう「特段の事情がある場合」というのが、本来的な意味でのプロダクト・バイ・プロセス・クレームであり、この判決も、その場合には、物同一説を採用しています。
 結局、本来的な意味でのプロダクト・バイ・プロセス・クレームを出発点にして議論を始め、原則として物同一説、本来的な意味でのプロダクト・バイ・プロセス・クレームを外れたら限定説というのか、広義のプロダクト・バイ・プロセス・クレームから議論を始め、原則として限定説、ただし本来的な意味でのプロダクト・バイ・プロセス・クレームについては物同一説というのかという説明の違いのように思います。

 前述の(2)の例については、実際上の問題として、物の同一性を立証することは困難です。(2)の例では、出願の時点において、構造又は特性による特定が難しいから、プロセスによる特定を試みているのです。しかも、権利行使の時点でも、この状況は変わっていません。そのため、プロセスの同一性を立証することによって物の同一性を立証する必要に迫られ、
結果として、権利者にとっては、立証のプロセスは限定説の場合と同じです。

 前述の判決は、ジェネリックメーカー同士の訴訟であり、しかも原告は、別件の無効審判及び審決取消訴訟において、ブランド薬メーカーの方法特許を無効にしたという経緯がありました。体力のある外資ジェネリックメーカーの参入により、この件以外にも、今後、様々な訴訟が起きるかもしれません。