容易の容易

 正式な用語ではありませんが、進歩性に関し、「容易の容易(は、容易想到ではない)」という表現が用いられることがあります。具体的な事案は、以下のとおりです。
主引用発明Aと副引用発明Bとを組み合わせ、それによって生まれる(A+B)の発明に更なる副引用発明Cを組み合わせることにより、本件(又は本願)発明に到達するという場面を想定します。発明A+発明Bは容易であり、発明(A+B)+発明Cも容易であったとしても、発明A、発明B及び発明Cから本件発明に到達することは容易であるとは限りません。「容易」の梯子を制限なしに積み上げていくと、無限の連鎖が生じてしまい、容易想到の範囲も際限なく広がってしまいます。そのため、進歩性の判断にあたっては、制約が設けられています。複数の文献を組み合わせて引用発明を創出することは、原則として許されません。
もっとも、副引用発明が複数であっても構いません。本件発明と主引用発明とを対比し、相違点1及び2を認定し、相違点1については副引用発明1を、相違点2については副引用発明2を適用し、相違点を解消するという論理は、許容されています。このような場合は、相違点同士が並列的な関係にあり、副引用発明の適用も独立して行われています。
問題は、相違点が直列的であり、副引用発明を重畳的に適用せざるを得ないという事例です。換言すると、元来は一まとまりであるべき相違点を複数に分割し、個別に副引用発明を適用して相違点を解消していくという事例です。このような事例では、主引用発明に副引用発明を適用することにより、新たな課題が生じ、その課題に対応する相違点を解消するため、新たな副引用発明を適用するということになります。このような相違点の判断を許容すると、大半の発明の進歩性は否定されてしまいます。

実際には、出願人(又は特許権者)が、「特許庁の判断(又は審判請求人の主張)は、「容易の容易」である」と主張して成功した事例は、少数であるように思います。その理由は、特許庁が容易想到性の判断には注意を払っていることに加え、出願人には、「容易の容易」論の前に強い主張があることが多いためであろうと思います。

しかし、時折、容易の容易に類する当事者の主張が現れ、裁判所がそれに対し判断することがあります。

知財高判平成22年5月12日
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100513131410.pdf
では、原告(無効審判請求人)は、審判請求時から、引用発明1に「周知の基礎的技術」を適用した「紫外線照射処理装置X」に対し、引用発明2をさらに適用することにより、相違点2が解消すると主張していたようです(注:相違点2は、引用発明1と本件発明との対比によるものであり、(引用発明1+「周知の基礎的技術」)を主引用発明とした事例ではありません。)。
つまり、相違点2の関係では、(引用発明1+周知の基礎技術)+引用発明2によって本件発明は容易想到であるとの主張をしていたようです。
この主張に関し、裁判所は、「特許法29条2項に規定する「前項各号に掲げる発明」を、相違点2の判断のみにおいて、引用発明1からこれと同一とはいえない「紫外線照射処理装置X」に変更するものともいうことができる」、「主張自体失当」と述べています。

査定系の審決取消訴訟でも、同様の判断がなされた事例があります。
 知財高判平成19年9月26日
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071002152000.pdf
の事案では、特許庁が、拒絶審決において、主引用発明を「刊行物1、3に記載された発明」としていました。刊行物1は日本の公報、刊行物3は米国の公報で、それぞれ互いに独立です。特許庁は、この2つを組み合わせ、主引用発明を創出してしまっています。
 裁判所は、この引用発明の認定に関し、「同条(注:特許法29条)1項3号にいう「特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明」とするためには、引用発明とする技術が両者にそれぞれ開示されていることが必要であり、一方に存在しない技術を他方で補って併せて一つの引用発明とすることは、特段の事情がない限り、許されないものといわなければならない」と述べています。
 
「特段の事情」の例は、どんなものがあるのでしょうか。
同一の組成物について、Aという特性について刊行物1に、Bという特性について刊行物2に記載がある場合には、「A及びBという特性を備えた組成物」が公知であったと認定してもよいのではないかと思います。