知的財産法で保護されない利益と不法行為法による救済

不競法2条1項3号は、他人の商品形態を模倣した商品の譲渡等を不正競争として規定しており、いわゆるデッドコピーを禁止した条項と理解されています。もっとも、不競法2条1項3号には、適用除外があります(同19条1項5号)。日本国において最初に販売された日から起算して三年を経過した商品についての形態模倣には、不競法2条1項3号は適用されません。
 それでは、3年が経過した後に、オリジナル商品の販売者は、デッドコピーの販売者に対し、何も手が打てないのでしょうか。
 3年が経過すると、差止請求権(不競法3条)を行使することはできません。損害賠償請求に関し、損害額の推定規定(同5条)も適用されません。その一方、民法不法行為責任(民709条)による損害賠償請求権は、理論的には行使できるはずです。
 
 もっとも、知的財産権不法行為との関係は、議論が錯綜しています。
 著作権を例に採ると、本来であれば(デフォルトでは)誰でも自由に複製、翻案その他の行為ができるはずであるところ、法律で権利を創設し、著作者の保護を図ったと考えるのであれば、法律で保護されていない領域については、原則どおり、自由な活動が許されているはずです。したがって、そのような領域について、安易に不法行為法による救済を認めることには、問題があります。
 しかし、「○○権」という名称を付して確立されるまでには至っていないものの、保護すべき価値がある利益(例えば、多大な労力を投入して完成させたデータベースであって、著作物性が認められないもの。)については、不法行為法による救済は、肯定されるべきです。
 以上のとおり、デフォルトの状態がどのようなものであったと考えるのか(特別の立法がなければ法律上の保護がなされなかったのか否か)、立法趣旨をどのように理解するのかによって、異なる結論が採り得ます。

 不競法2条1項3号についても、元来、不法行為法によって救済される事案について、模倣者の主観を問わず、意匠法など他の知的財産法で必要とされる出願や審査などの手続きなしに、差止請求権と損害額の推定規定を認め、保護を厚くしたと考えるのであれば、3年経過後も、不法行為法による救済を躊躇する必要はありません。
 その一方、不競法2条1項3号の趣旨が、販売開始から3年間に限って特別な保護を創設したと考えるのであれば、3年経過後の不法行為法による救済は、限定的なものとすべきです。


 大阪地判平成23年6月23日(平成22年(ワ)第13602号)の事案は、以下のとおりです。
 原告は、平成2年ころから、書道用和紙のセット(25枚又は50枚で1セット、サイズは3種類)を販売しており、和紙には色彩及び模様が付されていました。
 被告は、原告和紙をスキャナーで読み取り、平成22年ころに、原告と同じ色彩及び模様の和紙セットの販売を開始しました。和紙のサイズ及び1セットに含まれる枚数も、原告と同じでした。そのため、被告商品は、原告商品のデッドコピー品でした。しかし、原告商品の販売から既に3年以上が経過していました。
 裁判所は、不競法2条1項3号の趣旨について、
「先行開発者の成果を模倣者がデッドコピーすることにより生じる競争上の不公正を是正することにあり,より具体的には, 先行開発者が投下した資本の回収機会をその開発者に確保させることにあると解され,その反面として,投下資本の回収を終了し,通常期待し得る利益をあげた後については,デッドコピー品の製造販売行為であっても,競争上の不公正が直ちに生じるものではないから違法とは評価できないとの考えによっているもの」
と述べ、
救済手段が与えられる3年経過後の行為については、
不正競争防止法という特別法によって,商品形態の模倣行為について違法評価をした上で,その救済手段を与える期間を限定していることからすると,上記期間経過後については,商品形態の模倣行為がされたとしても,それが不正競争防止法における類型的な違法評価を超えるような違法評価がされるべきもの,たとえば著しく不公正な手段を用いて他人の営業活動上の利益をことさらに侵害し,その結果看過できない損害を与えたというような公正な自由競争秩序を著しく害するような特段の事情が認められるものでない限り,一般不法行為法上も違法とは評価できないものと解するのが相当である。」
と述べています。

 そして、この事案について、裁判所は、以下の事実を挙げ、被告が著しく不公正な手段を用いて原告の営業活動上の利益をことさらに侵害したわけでもなく、原告に看過できない損害を与えたわけでもないと判断しています。

・被告は、取引先の注文に応じて、デッドコピー品を製造して販売しただけであり、競業者の人気商品を模倣して不当な利益を得ようとしたものではない。
・被告は、上記取引先を介さずに一般の市場でもデッドコピー品を販売するようになったが、その理由は、下請製造会社から、取引量を増やすよう求められたからである。
・上記取引先は、原告商品の取り扱いを止めたが、被告がデッドコピー品を売り込んで原告商品の取り扱いをやめさせたわけではない。
・原告商品及び被告商品と同様の商品は、市場に多く出回っている。被告商品と原告商品とでは、商品名のみならず、商品名を記載したラベルの形状も明らかに異なっているし、需要者において誤認混同が起きていると認めるに足りる証拠もない。

 確かに、このような判断も可能ではあります。
 しかし、いくら類似商品が出回っているとはいえ、被告は、取引先の単なる下請けというわけでもなく、自らの判断でスキャナーで他人の商品を読み込んでデッドコピー品を作成しても何ら責任を負わないという判断は、にわかには納得できません。
 原告商品がありふれたもので、原告商品について守るべき利益が認められないということなのであれば、上記結論でも致し方ないと思います。