特許法102条1項と同3項との重畳適用の可否

 特許法102条1項は、以下のとおりです。

特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。」

 被告が「ただし」以下の主張立証に成功し、102条1項の適用を免れた場合に、原告が、当該部分について、102条3項の実施料相当額を主張できるのか、という論点について、学説上、肯定説と否定説とが対立しています。
 
平成10年改正で102条1項が新設された当初は、肯定説の裁判例もありましたが、最近では、否定説の裁判例が増えています。
最近の飛灰事件(知財高判平成23年12月22日判タ1399号181頁)も、否定説に立ちます。

 否定説の根拠は、上記裁判例が判示するとおり(最後に引用します。)、102条1項により、逸失利益を評価しつくしているのだから、重ねて102条3項を適用することはできない、というものです。

 この論点の結論は、結局、損害という概念をどこまで抽象化するのか、102条3項を不法行為としてどのように位置づけるのかに依存します。
上記判決のような理由づけも、もちろん可能です。その一方で、ただし書きで覆滅する額が大きくなると、市場を奪われているにもかかわらず、102条3項による救済しか受けられないという矛盾も生じます。
102条3項は、厳密な意味での逸失利益ではなく、最低保障条項であると理解し、102条1項及び2項は、上乗せ分の規定であると考えるのであれば、重畳適用は許されます。


「同条1項は,特許権者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,その不利益を補てんして,特許権侵害という不法行為民法709条)がなかったときの状態に回復させるため,その本文及びただし書の双方によって特許権者に生じた逸失利益の額の算定方法を定めているのであるから,特許法102条1項により算定された損害額は,特許権者に生じた逸失利益の全てを評価し尽くした結果であるというべきである。
他方,特許法102条3項は,侵害者による特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭(実施料相当額)を特許権者らが受けた損害の額としてその賠償を請求できるとするものであって,特許権侵害という不法行為民法709条)により特許権者が被った損害の立証の便宜を図るための規定であるが,上記のとおり,特許法102条1項が特許権者に生じた逸失利益の全てを評価し尽くしており,これにより特許権者の被った不利益を補てんして,不法行為がなかったときの状態に回復させているものと解される以上,特許権者は,同条1項により算定される逸失利益を請求する場合,これと並行して,同条3項により請求し得る損害を観念する余地がなく,同項に基づき算定される額を請求することはできないというべきである。」