知財高裁(審決取消訴訟)と地裁(侵害訴訟での無効の抗弁)とで判断が分かれた理由

知財高判平成26年7月9日(平成25年(行ケ)第10239号)と東京地判平成26年7月10日(平成24年(行ワ)第30098号)とでは、同じ特許(特許第4274630号)について、同じ無効理由(主引例:特開平11−7956(甲1;地裁の乙11)+副引例:特開平9−73902の進歩性欠如(甲5;地裁の乙15))の判断について、結論が判れました。
 
無効審判(無効不成立)→審決取消訴訟(審決取消:特許は無効)
侵害訴訟(無効の抗弁を認めず:特許は有効)

 結論が分かれた理由は技術常識の理解の程度の違いにあります。知財高裁の結論の方が、技術的な意味で正しいように思います。以下、当事者及び証拠の表記は審決取消訴訟のものにしたがって、事案を説明します。

[クレーム]
 問題となったクレームは、以下のとおりです。クレームは、LiMn2O4(Li二次電池の正極物質の一つである)の製造方法に関します。
 ただし、生成物は、純粋なLiMn2O4ではありません。Liのサイトの一部がNa又はKにより置換され(明示はされていませんが、焼成条件から、当然に予測されます。)、Mnのサイトの一部は、Alなどの他の金属元素によって置換されています。
 もっとも、これらの置換については、出願時に既に多数の文献があったはずです(Mnサイトの置換については、実際に、多数の引例が引用されており、Liサイトの置換については、甲8に記載があります。甲5には、別のLiMn複合酸化物に関する文献ですが、Liサイトの置換の記載があります。)。

 クレームは、原料と焼成温度とを特定したシンプルなものです。

【請求項1】電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上とする共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12〜2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,
リチウム原料と,
上記マンガンの0.5〜15モル%がアルミニウム,マグネシウム,カルシウム,チタン,バナジウム,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛から選ばれる少なくとも1種以上の元素で置換されるように当該元素を含む化合物とを加えて混合し,
750℃以上の温度で焼成する
ことを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。


 Li二次電池は、酸化及び還元を伴うLiの吸蔵及び放出により、充電及び放電を可能としています。LiMn2O4を例にとると、この充電状態では、Mnは3.5価ですが、完全に放電(Liは放出)した状態では、Mn2O4(Mnが4価)の状態が生じます。その際に、電子が生じます。正極から放出されたLi+は、負極のカーボンにインタカレーションをする際、電子を受け取って、0価(金属と同等)になります。
 この充放電を繰り返すと、電池は劣化します。その原因として、(i)吸蔵及び放出の繰り返しにより、活物質の構造が壊れる(バルクの問題)、(ii) Mnイオンが正極活物質から溶出し、電池系内で副反応を誘発する(表面の問題)という点が挙げられます。もっとも、両者が全く無関係というわけではないようです。ミクロスコピックな視点では、活物質表面での構造の劣化が、溶出を促進しているともいえます。
 
 このような構造の劣化を抑制する手段として、Liサイト及びMnサイトの一部置換が知られていました。


[相違点]
 本件発明と主引用発明との相違点は、Mn原料である電解二酸化マンガンの製造方法及びNa又はKの含有量のみです。

「電解二酸化マンガンに関し,本件発明1は,「電析した二酸化マンガンをナトリ
ウム化合物もしくはカリウム化合物で中和し,pHを2以上とすると共にナトリウムもしくはカリウムの含有量を0.12〜2.20重量%とした」ものであるのに対し,甲1発明はかかる事項を発明特定事項として有していない点(相違点1)。」

[副引例]
 特開平9−73902(甲5;地裁の乙15)には、スピネル型以外のLiMn復合酸化物の原料として、Naで中和した電解二酸化マンガンが記載されています。

[相違点の判断]
 重要な点は、750℃などの高温での焼成では、Naをどのような形態で添加するかによらず、Naが結晶構造に取り込まれるという点です。
 被告は、甲8(Na塩を添加した焼成)について、ナトリウムで中和された電解二酸化マンガンを使用する技術とは異なるという主張をしています。しかし、複合酸化物を生成するために高温で焼成するにあたり、Naをどのような形態で添加するのかは、結晶構造という点では関係がありません。Na添加による結晶構造の安定化が技術常識であるとすると、電解二酸化マンガンとしてNaを含有するものを選択することは容易です。
 
 
 結局、高温で複合酸化物を焼成する際に、NaソースをNa塩として添加するのか、Mn中の残留物として添加するのか、結晶構造としては違いがない(もちろん、粒径の点では、電解二酸化マンガンの履歴が残るとは思いますが、クレームで特定されているわけではりません。)という常識を調査官が理解できるのか否かが、高裁と地裁とで結論を分けたのではないかと思います。別の見方をすると、このような技術常識であっても、念のため立証しておかなければいけないということなのでしょう。