特許法102条2項及び著作権法114条2項における損害の発生の要件

 知財高判平成25年2月1日の大合議判決は、従前の一般的な説(特許法102条2項では、権利者の実施が要件であるとの説)を覆し、「特許権者が当該特許発明を実施していることは、同項を適用するための要件とはいえない」と判示しました。

 具体的な内容は、以下のとおりです。

(1) 「特許法102条2項は,民法の原則の下では,特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには,特許権者において,損害の発生及び額,これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張,立証しなければならないところ,その立証等には困難が伴い,その結果,妥当な損害の塡補がされないという不都合が生じ得ることに照らして,侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは,その利益額を特許権者の損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定である。このように,特許法102条2項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって,その効果も推定にすぎないことからすれば,同項を適用するための要件を,殊更厳格なものとする合理的な理由はないというべきである。」

「侵害者が侵害行為によって利益を受けているとき」が不法行為の要件事実のうちのどれを指しているのか、上記の判示からは必ずしも明らかではありません。
しかし、「侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは,その利益額を特許権者の損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定である。」、「特許法102条2項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であ(る)」との判示内容からすると、損害の発生及び因果関係は、権利者が立証の負担を負っているとの趣旨とも解されます。従前、102条2項は因果関係及び損害額についての推定規定と解されていましたが、因果関係をどのようにとらえているのか、興味のあるところです。


(2) 「上記認定事実によれば,原告は,コンビ社との間で本件販売店契約を締結し,これに基づき,コンビ社を日本国内における原告製品の販売店とし,コンビ社に対し,英国で製造した本件発明1に係る原告製カセットを販売(輸出)していること,コンビ社は,上記原告製カセットを,日本国内において,一般消費者に対し,販売していること,もって,原告は,コンビ社を通じて原告製カセットを日本国内において販売しているといえること,被告は,イ号物件を日本国内に輸入し,販売することにより,コンビ社のみならず原告ともごみ貯蔵カセットに係る日本国内の市場において競業関係にあること,被告の侵害行為(イ号物件の販売)により,原告製カセットの日本国内での売上げが減少していることが認められる。
以上の事実経緯に照らすならば,原告には,被告の侵害行為がなかったならば,利益が得られたであろうという事情が認められるから,原告の損害額の算定につき,特許法102条2項の適用が排除される理由はないというべきである。」

 この事案の事実関係の下では、権利者が日本国内で特許法上の実施行為を行っていなくても、自ら海外で特許品を製造し、そして日本の販売店に販売させているのですから、「原告には,被告の侵害行為がなかったならば,利益が得られたであろうという事情が認められる」といえます。
 しかし、権利者が全く事業を行っていなくても、ロイヤルティ程度の利益は得られたはずです。ここでの「利益」とは、自ら特許品の事業を行っていた場合と同視し得る程度の利益、と解さざるを得ません。

 結局、権利者自らの実施がなくても、「損害の発生」を立証することは可能であり、本事案はその一事例と位置付けることができるように思います。もっとも、因果関係をどのように扱うのかは、判然としません。


 なお、著作権法114条2項も、特許法102条2項と同様の書きぶりとなっており、その解釈も、特許法102条2項と同様でした。つまり、著作権者の利用行為が必要と解されていました。
 しかし、特許とは異なり、著作権者(とりわけ、著作者が著作権者である場合)が自ら著作物を利用することは限定的です。そこで、著作権法114条2項については、利用・実施の蓋然性で足り、現実の利用まで要求しなくてもよいのではないかとの提言がなされていました。さらには特許法著作権法とで解釈に大きな差異が生じることは好ましくないとの理由から、両法とも利用・実施の蓋然性に緩和してもよいのではないかとも提言がなされていました(中山先生の著作権法497頁)。
 損害の発生の立証にあたり、権利者の実施のみしか認めないということは、確かに問題であったようです。