定期刊行物の題号と不正競争防止法上の商品表示

[商標法上の書籍の題号と定期刊行物の題号との違い]
 一般に、書籍の題号は、その書籍の内容、つまり品質を表示しています。そのため、商標登録出願をしても、商標法3条1項3号(その商品の・・・品質・・・を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標)に該当し、拒絶されます(漱石の遺族による紛争が契機となっています。)。仮に、書籍の題号について登録を認めてしまうと、その弊害は明らかです。著作権の保護期間が満了しても、その著作物を刊行する際、オリジナルのタイトルを付けることができず、別のタイトルを付けざるを得ません。商標権者以外は、事実上、著作物を刊行できないことにもなりかねません。しかも、商標法は、半永久的な権利です。

 標章が書籍の題号として通常の態様で使用される限り、使用による自他商品等識別力の獲得も困難です。

 仮に登録されたとしても、第三者の使用は、いわゆる商標的使用ではないと判断されることが多いと予想されます(その例として、東京地判平成21年11月12日(平成21年(ワ)第657号)(朝バナナ事件))。

 その一方、雑誌や新聞などの定期刊行物の題号については、自他商品等識別力があり、原則として、同法3条1項3号には該当しません。その理由としては、定期刊行物の内容は、各号で異なっているという事情が挙げられます。その結果、題号が内容を示すとはいえません。

不正競争防止法
 不正競争防止法の2条1項1号では、他人の周知の商品等表示を使用するなど一定の行為を不正競争の一つとして定義しています。この商品等表示についても、商標法と同様、書籍の題号と定期刊行物の題号とは異なると考えられます。

 商品等表示についても、自他商品等識別力が求められます。したがって、不正競争防止法上の保護を受けられるか否かの結論は、商標法上の保護を受けられるか否かと一致します。
 
 不正競争法防止法での事例として、マクロス事件があります(東京地判平成16年7月1日,知財高判平成17年10月27日)。マクロス事件では、映画のタイトルの商品等表示該当性が争点の一つであり、結論として商品等表示該当性が否定されました。

[大阪地判平成24年6月7日判タ1393号327頁]
 この事件では、原告(M社)の雑誌の題号の一部が、不正競争防止法2条1項3号の商品等表示と認められました。
 雑誌の題号は、「HEART nursing」です(大型書店では、医学・看護雑誌のコーナーに置いてあります。)。「HEART」と「nursing」とは、前者の方が圧倒的に大きく表示されています。なお、細部については、表記が途中で変更されています。当初は、英語のスペルどおりの「HEART」が用いられていましたが、途中から、「A」が「」になり、「R」に装飾が加わりました。もっとも、フォントは、Times New Romanがベースとなっています。
 この雑誌は、「HEART」(心臓)が暗示するとおり、循環器系の医療に従事する看護師を主な購読層としています。

 その一方、被告(I社)の標章は、Times New Romanの「HEART」です。この標章は、雑誌に用いられており、その主要な購読層は、原告の雑誌と同様、循環器看護の従事する者です。
 裁判所は、原告の雑誌の題号のうち、「HEART」が、商品等表示に該当すると判断しました。その根拠について、

「「HEART」とは,一般に,「心臓,胸」「思いやりの心,愛情」「興味,関心,勇気」「中心,核心」を意味する英単語であり,循環器疾患に係る医療やそれに関連する事項を直ちに連想させるものではない。また,循環器疾患に係る医療やそれに関連する事項を題材とした雑誌を刊行するに当たり,「HEART」の文字を使用することが必須であるとか,これを用いない誌名を創作することが困難であるなどといえないことは,多言を要しない。 」

「後述する後記(2)の事実(注:原告標章が,長期間にわたり,継続的かつ独占的に使用されてきたものであること)を併せ考えると,原告標章は,原告雑誌の題号のうち他の部分から独立して,商品表示として機能するものであるということができる。」
 と判示しました。

知財高判平成25年11月14日]
 この紛争には、続きがあります。
 I社(大阪地裁判決の被告)は、「NURSE ® HEART  ナースハート」と3段書きにする商標について、商標登録を得ていました(指定商標 第16類「雑誌、新聞」)。
 仮に、I社が実際に使用していた標章「HEART」が上記登録商標と類似しているとすると、M社(大阪地裁判決の原告)としては、上記登録商標を取り消したくなります。その手段は、商標法51条1項の取消審判です。

商標法51条1項
「商標権者が故意に指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用であって商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものをしたときは、何人も、その商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」

 特許庁は、M社の請求を認め、I社の商標登録を取り消しました。それに対し、I社が審決取消訴訟を提起しました。
 争点は、
・I社の実際に使用していた商標(「HEART」)と登録商標との類似性
・出所混同のおそれ
・故意
です。特に一番目の類似性については、商標同士を比較すると、微妙なところです。
 もっとも、事案の経緯にも照らし、裁判所は、類似性を肯定しています。
 
「原告は,審判手続において,本件商標の中核が「HEART」である旨を述べている上,本件商標は,「HEART」と同一又は類似の商標が出願登録時に存在しなかったことにより,本件商標が登録になった旨を自認していたこと,原告雑誌の2011年12月号に本件商標を基に,「HEART」にの記号を付した本件使用商標2の使用をした旨述べていたことが認められる。また,原告の有する本件商標とは別の商標(「ハートナース」,「HEARTCARE」,「HEARTNURSE」,「ハートケア」を四段書きにしてなる商標・登録第5339612号)について,被告が本件審判請求とほぼ同時期に本件使用商標と同様の商標の使用につき,商標法51条1項に基づく商標登録取消請求をしたところ,原告は,その審判手続においては,当該商標と本件使用商標との類似性を争っていた(甲14)にもかかわらず,本件審判手続においては,本件商標と本件使用商標との類似性がない旨の主張をせず,本件商標と本件使用商標の類似性を争っていなかったことが認められる。」