特例法による性別の取扱いの変更の審判を受けた場合の父性及び嫡出性の推定規定の適用の可否 − 最決平成25年12月10日 −

[事案]
 抗告人X1は、性同一障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(「特例法」)3条1項の規定により、女性から男性への取扱いの変更の審判を受けました。
 抗告人X2(女性です。)は、X1と婚姻し、夫であるX1の同意の下、X1以外の男性の精子提供を受けて人工授精によって懐胎し、子供を出産しました。
 X1及びX2は、Aを嫡出子とする出生届を提出しましたが、某区長は、東京法務局長の許可を得て、Aの「父」の欄を空欄とし、Aを被告人X2の長男とし、戸籍の記載をしました。
 
 抗告人の主張は、Aは民法112条による嫡出の推定を受けるから、上記の戸籍の記載は許されないというものです。
しかし、原決定は、抗告人の申立てを却下しました。

 争点は、判例が積み重ねてきたいわゆる「推定の及ばない(嫡出)子」と(例えば、最判昭44年5月29日民集23巻6号1064頁(事実上の離婚)、最判平成10年8月31日家裁月報51巻4号75頁(長期間の出征))、特例法4条との関係です。
 生物学的に父の子を懐胎する機会がないという点を重視すると、Aは「推定の及ばない(嫡出)子」であるということになり、区長の判断は正しいということになります。
その一方、特例法4条1項は、上記事案の類型については民法772条1項をオーバーライトしていると解釈すると、抗告人の主張が正しいということになります。その場合、立法によって解決が図られていることになるため、判例変更は必要ではなく、大法廷回付も不要です。

民法772条
1項 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2項 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

特例法4条1項
性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法 (明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす。


[多数意見]
 多数意見は、原決定を破棄し、抗告人の主張を認めました。

「特例法3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,以後,法令の規定の適用について男性とみなされるため,民法の規定に基づき夫として婚姻することができるのみならず,婚姻中にその妻が子を懐胎したときは,同法772条の規定により,当該子は当該夫の子と推定されるというべきである。もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,その子は実質的には同条の推定を受けないことは,当審の判例とするところであるが(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29日第一小法廷判決・民集23巻6号1064頁,最高裁平成8年(オ)第380号同12年3月14日第三小法廷判決・裁判集民事189号497頁参照),性別の取扱いの変更の審判を受けた者については,妻との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できないものの,一方でそのような者に婚姻することを認めながら,他方で,その主要な効果である同条による嫡出の推定についての規定の適用を,妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に認めないとすることは相当でないというべきである。」

[寺田補足意見]
 多数意見については、寺田補足意見がさらに説明を加えておられます。
 しかし、寺田補足意見が苦労しているように、本決定は、結論は妥当であるとしても、既存の772条1項という条文を便宜的に利用したという批判もあり得るところです。
 つまり、寺田補足意見が注釈をつけて説明されているとおり、

・父ではなく母が、特例法によって性別の取扱いの変更の審判を受けたものである場合には、どうするのか。母子関係は、出産という事実関係により生じる。

・父の意思によって嫡出子か否かが左右されてしまうという事態は容認できるのか。父が嫡出否認の訴えを後に提起したら、どのように扱うのか。子が親子関係不存在確認請求をしたら、どのように扱うのか。

という問題は残ります。

[大谷反対意見]
 大谷裁判長は、

「多数意見の見解は,特例法の制度趣旨を推し進め,性別の取扱いの変更を受けた者の願望に応え得るものとして理解できるところである」

としつつ、

「この特例法の制度設計の下で,子に法律上の実親子関係を認めることにつながることが懸念され,私としては,現段階においてこのような解釈をとることになお躊躇を覚えるところである。民法772条をめぐるさらなる議論と,また生殖補助医療についての法整備の進展に期待したい。」

との意見を述べ、多数意見に反対しておられます。
 大谷反対意見は、正論であると思われるのですが、その一方、この問題を立法的な解決に委ねていては、いつ解決をみるのか、見通しが立たないともいえます。