技術分野の「非」関連性

 進歩性は、総合判断型の規範的要件です。考慮要素は様々なものがありますが、類型化されたものとしては、技術分野の関連性、課題の共通性、機能及び作用の共通性などが挙げられます。

 約7−8年前までは、特許を無効にし又は出願を拒絶する際、技術分野の関連性が重視されがちでした。いわば、各考慮要素のうち、技術分野の関連性の係数が大きかったのです。
 しかし、第3部の一連の判決以降、従前の動機づけアプローチの下でも、技術分野の関連性は重視されなくなっています。むしろ、引用発明の間に技術分野の関連性が薄いということが、問題視されかねないという状況になっています(例えば、知財高判平成23年10月4日)。


 知財高判平成26年3月25日(平成25年(行ケ)第10214
号)も、その例です。

 この事件は、無効審決の審決取消訴訟です。審判で訂正請求がなされ、特許庁は、訂正は認めたため、進歩性の判断の対象は、訂正クレームです。訂正クレームは、「ソレノイド駆動ポンプの制御回路」に関します。
 ソレノイドポンプは、液体(例えば、反応槽に注入する液体の原料)の流量をコントロールして輸送する目的で、しばしば使用されます。

 この発明では、90−264Vの範囲にある交流電源が何れも使用できるよう、電源電圧を直流に整流したのち、DC−DC変換により、所望の電圧に変換するという点に特徴があります。その結果、ユーザが電源電圧の選択を必要とすることなく、制御回路で様々な電源に対応できるため、管理が容易になるという利点があります。

その一方、主引用発明は、DC−DC変換に関する技術ではありますが、モバイルPCなどの電子機器に関するものでした。
 判決は、訂正発明と主引用発明との技術分野の相違を強調し、動機づけを否定しました。

 技術分野を最終製品で特定するのか(この事案では、ポンプと電子機器と特定するのか)、要素技術で特定するのか(この事案では、DC−DC変換)は、難しい問題です。最近の裁判例の傾向としては、最終製品で特定する事例が増えているように思います。

 確かに、同じ要素技術でも、各分野によって異なる解決課題に使用されていることがあります(例えば、知財高判平成23年10月4日では、同じ逆回転の動力機構が、船舶のプロペラと洗濯機とでは、異なる目的で使用されています。)。このような場合には、技術的分野の相違が課題の相違に直結しています。
 しかし、汎用性のある要素技術も存在します。
 一つの製品には、様々な分野の技術者が関与しており、様々な要素技術の組み合わせという側面もあります。様々な最終製品に横断的に使用できる技術も存在します。技術者にとっては、特定の最終製品のプロというわけではなく、一つの製品のプロジェクトが完了したら、別の分野の製品のプロジェクトに異動するということもあり得ます。
事案にもよりますが、最終製品で技術分野を区切ることが常に正しいというわけではありません。


「このように,刊行物1発明は,電子機器の技術分野に属するものであるのに対し,本件訂正発明はポンプの技術分野に属するものであるから,両者の技術分野は明らかに相違する。しかるに,審決は,上記のとおり,交流電源を用いる電気機器において,電源電圧が異なっていても同じ機器を使用できるようにするとの課題は周知の課題であることを理由として,ソレノイド駆動ポンプにも上記課題があるとする。しかし,これは技術分野を特定しない交流電源を用いる電気機器における課題であって,ポンプの技術分野における課題ではないし,ポンプの技術分野において当然に要求される課題であることを示す証拠もない。
そもそも,本件訂正発明が属するポンプの技術分野における当業者が,ポンプとは明らかに技術分野が異なる電子機器に関する刊行物1に接するかどうかも疑問であり,また,仮に,ポンプの技術分野における当業者が刊行物1に接したとしても,刊行物1発明は,携帯型パーソナルコンピュータ等の電子機器に関するものであり,刊行物1には,ポンプについての記載はなく,刊行物1発明が技術分野の異なるポンプに対しても適用可能であることについてはその記載もなければ示唆もない。したがって,携帯型パーソナルコンピュータ等の電子機器に関する刊行物1発明をポンプに適用しようとする動機付けもないといわざるを得ない。 」