引用発明の認定と技術常識

 引用文献に、
αの機能を有する化合物とβの機能を有する化合物とを含有する組成物
との上位概念が記載されており、αの具体例としてA1ないしAnが列挙され、βの具体例としてB1ないしBnが列挙されていたとします。
 そしてAiは、αのほかに、γの機能も有していたとします。
 この場合、引用文献から、
γの機能を有するAiとβの機能を有するBjとを含有する組成物の発明
を認定できるでしょうか。

 まず、A1ないしAnからAiを、B1ないしBnからBjを選び出して認定してよいのか、という問題があります。
 もちろん、実施例などで具体的にAi+Bjが開示されているのであれば、問題はありません。しかし、多数の下位概念を同列に列挙したリストしかないという状態で、個々の下位概念も開示されいていると認定すると、選択発明の成立する余地がなくなります。

 次に、Ai+Bjが認定できたとして、Aiについて、「γの機能を有するAi」が認定できるでしょうか。
 引例にγが記載されていない場合には、結論は、技術常識次第です。Aiのγとしての機能の認知度、αとγとの関連性にもよりますが、引例中にαの機能しか記載されていない場合に、「γの機能を有するAi」という認定をすることは、一般には難しいように思います。

 もっとも、客観的な構成としては、Ai+Bjの先行発明の認定で足りるにもかかわらず、あえて「γの機能を有するAi」+Bjを主張するメリットはあるのでしょうか。
 本件発明が、(γの機能を有する)Ck+Bjである場合には、メリットがあります。つまり、引用発明が「γの機能を有するAi」+Bj である場合には、AiをCkに置換する動機づけを補強することができます。しかし、同じ議論は、引用発明の認定のレベルでなくても、相違点の判断のレベルでも可能です。引用発明の認定が不可欠というわけではありません。

(* なお、本件発明が、γの機能を有するAi とBjとを含有する組成物、引用発明が、αの機能を有するAi と Bjとを含有する組成物である場合には、事情が異なります。両者が客観的に同一である場合、成分の別の役割を見出してクレームに明記したからといって、物としては新規性を欠きます。したがって、進歩性の議論をするまでもありません。)

 
 知財高判平成23年6月9日判タ1397号269頁では、上記と同様の事例が問題となりました。

 本件発明は、
「Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬との組み合わせからなる緑内障治療剤であって,
該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドであり,
該β遮断薬がチモロールである,
緑内障治療剤」
でした。
 
 引用例は、カルシウムアンタゴニストと眼圧を降下させる化合物との組み合わせを含む緑内障治療用の眼局所用組成物の発明を開示していました。さらに、引用例は、カルシウムアンタゴニストとして、多数の化合物を列挙しており、その一つが、HA 1077という化合物でした。HA 1077は、カルシウムアンタゴニストであるとともに、Rhoキナーゼ阻害剤であることも知られていました。

 つまり、
α:カルシウムアンタゴニスト、Ai:HA 1077、
β:眼圧降下剤、Bj:チモロール、
γ:Rhoキナーゼ阻害剤、Ck:(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミド

でした。
 原告(無効審判の請求人)は、引用発明として、Rhoキナーゼ阻害剤としてのHA 1077 + 眼圧降下剤としてのチモロールを主張しましたが、判決は、その主張を排斥しています。