明確性要件違反による無効理由

 明確性要件違反によって特許が無効とされる例は、少数に限られています(例として、知財高判平成21年3月18日;「平均粒子径」の定義が明確になされていなかった事例)。もっとも、特許権者が、クレームの記載が明確性要件に適合するよう釈明すると、被疑侵害品が非侵害になったり、クレームの進歩性欠如が明確になることがあります。被疑侵害者が明確性要件を主張する主たる目的は、多くの場合、これらの点にあります。

 しかし、少数ながら、明確性要件違反によって特許が無効になることがあります。知財高判平成26年3月26日(平成25年(行ケ)第10172号)も、その例です。
 この事件は、無効審決の審決取消訴訟です。無効審判中に、訂正請求により、クレームが訂正されています。問題となったクレームは、以下のとおりです。

「茶、紅茶及びコーヒーから選択される渋味を呈する飲料に、スクラロースを、該飲料の0.0012〜0.003重量%の範囲であって、甘味を呈さない量用いることを特徴とする渋味のマスキング方法」

 スクラロースは、いわゆる高甘味度甘味剤(砂糖よりも甘味の強い剤)の1種です。この発明では、スクラロースが人に甘味を感じさせる最低限度(甘味閾値)よりも低い濃度で、渋味をマスキングできることを見出したという点に特徴があります。

上記のクレームでは、スクラロースの濃度を、「0.0012〜0.003重量%」かつ「甘味を呈さない量」によって二重に限定しています。「0.0012〜0.003重量%」の範囲内であっても、甘味を呈してしまう濃度範囲は、除去されています。本件発明では、甘味を呈することなく、渋味をマスキングすることが求められています。


 主引用発明は、紅茶(タンニンにより、渋味を呈します。)にソーマチンを添加することによるマスキング方法でした。ソーマチンも、スクラロースと同様、高甘味度甘味剤に属します。もっとも、本件発明と主引用発明とでは、具体的な高甘味度甘味剤に違いがあり、しかも、主引用発明では、ソーマチンの濃度範囲には、限定がありませんでした。

 審決は、特許を有効と判断しました。原告(請求人)の取消事由は多岐にわたりますが、その1つが、明確性要件不適合でした。

 甘味閾値は、官能性試験によって求めるほかありません。この点で、甘味閾値は、物理量ではありません。
 物理量であれば、複数の測定手法があったとしても、各測定手法を正確に用いる限り、原理的には1つの値に収束するはずです。しかし、甘味閾値は、そのような変数ではありません。

 しかも、出願日当時、甘味閾値について、様々な測定方法が知られていましたある方法で得た値は、別の方法で得た値の1.6倍になることもあると認定されています。しかも、「0.0012〜0.003重量%」のうち、甘味閾値以上の範囲が除去されます。甘味閾値が0.0015重量%であるのか、その1.6倍である0.0024重量%であるのかによって、クレームの範囲は大幅に異なってしまいます。

 このような事実関係の下では、判決が明確性要件不適合によって審決を取り消したことは、やむを得ないことであるように思います。