発明の要旨認定と明細書の参酌

 知財高判平成23年10月20日(判時2140号55頁)では、本願発明の要旨認定(とりわけ、「撮影処理」及び「編集処理」の解釈)にあたり、明細書が参酌されています。そして、明細書の参酌について

「本件補正発明や引用発明の特許請求の範囲の記載には,いずれも各発明における「撮影処理」及び「編集処理」の区分やその手順に関する特定はないから,本件補正発明と引用発明を対比するに当たり,それぞれの技術内容を把握して,これを確定させるためには,特許請求の範囲の記載に加え,発明の詳細な説明の記載を参酌することも許されるというべきである。」

と判示しています。

この判示内容は、最判平成3年3月8日民集45巻3号123頁(リパーゼ事件)の

「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない」

の「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない」事情があるため、発明の詳細な説明の記載を参酌したものと位置付けることができます。
 確かに、「撮影処理」及び「編集処理」は、技術用語として、一つの意味で使用されているものとはいえません。したがって、明細書を参酌することも合理的です。もっとも、この判決では、実質的に相当にクレームを減縮して、引用発明との相違点を生み出したともいえます。

 この事案は、拒絶査定不服審判の審決取消訴訟です。問題の出願は、原出願(特願2002−150121)の分割出願にあたります。そのため、当初明細書の多くの部分が、分割出願にとって関係のない記載となってしまっています。その結果、クレームと明細書との関係が解りにくくなっています。

 原告(出願人)は、審判請求時にクレームを補正しました。しかし、審決は、補正を却下した上で、審判請求は成り立たないと判断しています。問題となったのは、補正後のクレームの発明(判決では「本件補正発明」)の進歩性であり、とりわけ「撮影処理」及び「編集処理」の解釈でした。

 本件補正発明は、いわゆるプリクラに関するものです。クレームは長く、

「A 撮影処理によって撮影された画像の中から選択された編集対象の画像と,前記編集対象の画像に施す編集を指示するとき操作される操作画像のうちの少なくともいずれかを表示可能な表示領域が複数設けられる表示手段と,

B それぞれの前記表示領域に対応して設けられる入力手段と,

C 前記撮影処理が終了した後の編集処理中,前記表示手段に設けられる複数の表示領域のうち,前記編集対象の画像と前記操作画像のいずれの画像も表示していない表示領域に,前記編集処理が終了した後に行われる,前記編集処理とは別の処理としての前記編集対象の画像の印刷処理に関する選択操作を行う画面を,他の前記表示領域に前記編集対象の画像もしくは前記操作画像を表示させることと並行して表示させる表示制御手段と

D を備える画像印刷装置」

(説明の便宜上、構成要件の番号を付しました。)

 画像印刷装置(D)は、表示手段(A)、入力手段(B)及び表示制御手段(C)という3つの手段を有しています。表示手段(A)の特定の中に「撮影処理」が使用されており、表示制御手段(C)の特定の中に「編集処理」及び「印刷処理」が用いられています。
 クレームを読んだだけでは、「撮影処理」、「編集処理」及び「印刷処理」の関係は、分かりにくいものです。それに加え、(A)ないし(C)の手段がどの「処理」で用いられるのか、一見したところ、直ぐにはよくわかりません。
しかし、明細書の実施形態では、表示手段(A)、入力手段(B)及び表示制御手段(C)のいずれも、「編集処理」に用いられるものなのです。

 当初の請求項2では、「撮影空間」、「編集空間」及び「印刷待ち空間」がそれぞれ異なる位置に設けられる、という要件が付加されていました。そして、【0046】では、撮影空間、編集空間及び印刷待ち空間は、それぞれ「撮影処理」、「編集処理」及び「印刷処理」と結びつけた説明がなされています(「これらの処理を1つの空間で実行させる場合に較べて、画像印刷装置1を利用する顧客の回転率を向上することができる。また、撮影処理に要する時間、編集処理に要する時間等を長く確保することができる。」)。

 この説明によると、「撮影処理」、「編集処理」及び「印刷処理」は、逐次的になされる処理であり、両者が混在して行われることはありません。そこで、「撮影処理」、「編集処理」及び「印刷処理」を【0046】のとおりに解釈するのであれば、引用発明を本件補正発明と対比する際、引用発明の各構成が「撮影処理」、「編集処理」及び「印刷処理」のいずれに該当するのか、上記の点をふまえて厳格に判断する必要があります。その結果として、相違点が生じやすくなります。判決は、この立場に立っています。

 「撮影空間」、「編集空間」及び「印刷待ち空間」並びに「撮影処理」、「編集処理」及び「印刷処理」に関する明細書の記載を、単に好ましい実施態様に関する記載ではなく、本件補正発明を特定するものであると解すると、本判決のように、本件補正発明を限定的に解釈することになります。


 しかし、当初明細書では、「撮影空間」、「編集空間」及び「印刷待ち空間」を分離し、「撮影処理」、「編集処理」及び「印刷処理」を重複しないようにするというアイデアは、主たるアイデアではありませんでした。

 当初明細書では、表示手段(A)に関連して
・編集対象の画像及び
・操作画像(例えば、ペンツールを選択するためのペンメニュー、スタンプツールを選択するためのスタンプメニュー)
を複数の画面に表示するにあたり、画面を有効活用する態様が詳細に記載されています(【0032】〜【0036】、【0083】〜【0105】)。
 例えば、3つのディスプレイが用意されており、1名でプリクラを使用する場合には、1つのディスプレイを編集対象の画像に割り当て、残りの2つを操作画像に割り当てるが、2名でプリクラを使用する場合には、2つのディスプレイを各人の編集対象の画像に割り当て、残りの1つを操作画像に割り当てるという態様が記載されています。
 
 もっとも、分割出願にあたり、出願人が重視したのは、表示制御手段(C)と関連して

「印刷処理に関する選択操作を行う画面を,他の前記表示領域に前記編集対象の画像もしくは前記操作画像を表示させることと並行して表示させる」

という点でした(【0116】〜【0126】)。

 そして、拒絶理由への対応にあたり、個々の手段の特定に「撮影処理」、「編集処理」及び「印刷処理」が組み込まれたという経過を辿っています。

 
 明細書を参酌すると、判決のとおりの要旨認定となることは理解できます。この事案では、明細書を参酌することが適切でしょう。しかし、補正クレームが判決の述べるような趣旨であったのなら、「手段」の中に上記の各処理を埋め込むのではなく、より適切な補正も可能であったように思います。要旨認定が補正の救済手段になってしまうとしたら、あまり適切な運用ではないと思います。