発明の要旨認定(明細書を参酌した用語の解釈)、目的による物の発明の構成の特定、引用発明間の課題の共通性

[クレームの用語の意義]

 以下のクレームを一読して、その意図がわかるでしょうか。

「移動体の挙動を検出するセンサ部と
前記挙動を特定挙動とするための挙動条件に従って前記センサ部で検出された当該移動体の挙動において前記特定挙動の発生の有無を判定し、前記移動体の操作傾向の解析が可能となるように、前記特定挙動の発生に応じて当該移動体の特定挙動に関わる情報を所定の記録媒体に記録する記録手段とを有し、
前記記録媒体は、前記移動体の識別情報、前記移動体の操作者の識別情報、前記移動体の挙動環境の少なくとも1つに従って分類される分類毎に作成されたカード状記録媒体であり、このカード状記録媒体に少なくとも前記挙動が記録されている
データレコーダ。」

 このクレームは、知財高判平成24年4月9日(平成23年(行ケ)第10265号)で問題となったものです。無効審判の審決も、その審決取消訴訟の当該判決でも、結論として、進歩性を肯定しています。
 上記クレームを一読しても、どのような発明であるのか、直ちに理解することは難しいように思います。

 しかし、明細書の発明の詳細な説明によると、その意図が明らかになります。
 まず、「移動体」及びその「操作者」の例は、自動車及びドライバーです。
 そして、「特定挙動」に関し、以下の記載があります。

「従来のこの種の運行管理システムでは、運転者による操作傾向を把握して事故等の発生を未然に防止するための情報を生成するという観点は存在しなかった。
例えば、自動車においては、交通事故発生の約7割は交差点等、運転者に複合操作が要求される箇所で発生している。すなわち、運転動作としては、アクセルまたはブレーキの操作を行うとともに、ハンドルの操作も行う必要がある箇所である。従来では、このような交通事故発生率の高い箇所での運転操作に対して、危険を認識する工夫が十分ではなかった。」(【0006】)

「前記特定挙動が危険挙動である場合、前記記録手段は、当該危険挙動の条件を定めた条件パターンと前記センサー部で検出された挙動パターンとの適合性に基づいて前記危険挙動の発生の有無を判定し、危険挙動が発生したときは当該危険挙動に関わる情報を記録するように構成される。」(【0016】)

 この記載によれば、「特定挙動」とは、交通事故発生率の高い箇所(ドライバーに複合操作が要求される箇所)での移動体の挙動を意味していると解されます。
 つまり、本願発明の特徴は、交通事故に至らない通常の運転中でも、交通事故の発生しやすい環境での情報を記録し、ドライバーの操作傾向を把握するという点にあります。それに対し、従来技術では、交通事故の前後に限って運転状態データを記録していました(甲第1号証発明1)。
 したがって、明細書を参酌して「特定挙動」を限定的に解釈するのであれば、本願発明は従来技術とは異なるものとして把握することができます。

[依然として残る問題]
 クレームでは、挙動の下位概念に「特定挙動」があり、「挙動条件」に従って「特定挙動」の発生の有無を判定しています。ところが、明細書では、「特定挙動」の下位概念に「危険挙動」があり、「危険挙動の条件」に従って「危険挙動」の発生の有無を判定しています。したがって、概念の階層にずれが生じていることは否めません。

 さらに、「前記移動体の操作傾向の解析が可能となるように」とは、「記録手段」を特定しているのかという問題もあります。
 つまり、「移動体の操作傾向の解析」とは、記録後に行われるものであり、何らかのデータが保存されていれば、解析自体は可能です。データを網羅的に記録すること自体に特段の価値はなく、その後の解析に意味があるとするなら、物の発明よりも方法の発明としてアイデアを特定する方が適切です(後述の相違点2を参照)。

 判決は、「移動体の操作傾向の解析が可能となるように」に関し、「データを記録する目的ないしデータを利用して発揮される機能に関するものである」と述べ、さらに、

「「移動体の操作傾向の解析」とは、交通事故発生率の高い箇所での車両の操作(運転)の傾向を把握するべく、「特定挙動」に係る車両のデータ(情報)を分析(解析)することを意味し、「移動体の操作傾向の解析が可能となるように記録する」とは、上記の分析が可能となるようにデータを記録することを意味する」

と認定しています。しかし、この認定も、結局のところ、「特定挙動」の発生の後に移動体のデータを記録すると述べているにすぎないように思います。

 このような問題は残るものの、前述のとおり、「特定挙動」について明細書を参酌して限定的に解釈する限り、本願発明のアイデアを理解することができます。


[相違点2]
 本判決では、相違点2に係る構成は当業者が容易に想到し得ないと判断し、請求を棄却しました。相違点2は、以下のとおりであり、前述の「移動体の操作傾向の解析」に関します。

・相違点2
本件発明1は「移動体の操作傾向の解析が可能となるように記録する」のに対して、
甲第1号証発明1では「事故発生前後における詳細な運行状態データを記録し、事故発生時の各種情報を収集するドライブレコーダの機能と通常時のタコグラフ機能とを複合したことにより、移動体の稼働状況管理、効率的配送ルートの管理、労務管理、アクシデント発生時のフライトレコーダ的使用、レンタカーの使われ方(速度、走行位置等)の管理、自動車教習所での運転結果の解析等に対して非常に有効な」ものである点。


[副引例(甲第2号証)]
 副引例には、車両の加速度及び減速度をランク分けして記録し、車両の運転状況を把握するようにしたデータ収集装置の発明が記載されています。収集されたデータは、「運転者の運転状況を把握するのに有効」です(【0006】)。
 副引例では、副引例の発明自体に関し、「運転者の運転状況」の詳細については記載されていません。しかし、来技術の欄には、「加速及び減速の履歴情報は、運転者の運転状況を把握し、燃費や「安全運転」などを管理する上で有効な車両運行データである」(【0002】)との記載があります。したがって、副引例の発明についても、加速度及び減速度のデータは、運転者の安全運転の管理に用いられるものと解することが合理的です。

 なお、副引例では、「道路状況に左右されないで」運転状況を把握するのに有効な車両運行データ収集装置を提供することを課題とするとの記載があります(【0006】)。以下の【0009】によると、「道路状況に左右されないで」とは、一般道か高速道路かを問わず、運転が良くない場合にはデータを記録するとの趣旨であり、従前は道路状況が特に重要であったいうわけではありません。

「一定時間毎にではなく、...最大ランク又はこれに近いランクの急減速の検出や、減速の開始から車速の連続した所定値の低下毎に...データを収集しているので、停車の場合を除いては、『運転がよくないときに一般道路と高速道路において区別なく起こり得(る)』」
(【0009】)


[相違点2に係る構成の容易想到性の判断]
 本判決は、相違点2に関し、主引用発明(甲第1号証発明1)と本願発明との技術的課題の相違、さらに副引用発明(甲第2号証に記載された発明)と本願発明との技術的課題との相違に基づいて、「技術分野が共通であっても、解決すべき技術的課題の相違にかんがみれば、当業者において甲第1号証発明1に甲第2号証に記載された発明を適用することは困難」と判断しました。

 結論はともかく、この判断のプロセスには疑問があります。
 甲第1号証発明1に甲第2号証に記載された発明を適用する動機づけの有無を判断するのであれば、甲第1号証発明1と甲第2号証に記載された発明との間の技術的課題の共通性を議論するのが直截です。本願発明の技術的課題を介在させる必要はありません。もちろん、引用発明と本願発明との間で技術的課題が異なるという事情は、両者の間で目指す方向が異なることを示しているのですから、容易想到性を否定する要素の一つになり得ます。しかし、直接には、引用発明同士の対比で足りるはずです。
 実際のところ、本願発明と甲第2号証に記載された発明との間では、課題には共通性があることは否定できません。いずれも、事故に至らない状況でも、運転者の運転状況を把握することを目的としている点では共通します。

 本判決は、「甲第2号証に記載された発明は、道路の状況に左右されないで、運転者の運転状況を把握するのに有効な、車両の運航(運行)データを収集できる装置の提供を技術的課題とするにとどまり、運転者の交通事故に繋がり得る操作(運転)傾向一般を把握することを技術的課題とするものではない」と判断しています。
確かに、甲第2号証は、「交通事故発生率の高い箇所での車両の操作(運転)の傾向を把握する」ことまでは記載していません。しかし、甲第2号証の装置は、安全運転を管理するため、運転者の運転状況を把握するのに有効な加減速の履歴情報など運行データを収集します。しかも、この装置は、「最大ランク又はこれに近いランクの急減速を検出する急減速検出手段」や「減速の開始から車速が連続して所定値低下したことを検出する車速低下検出手段」まで備えています。このようなイベントは、「特定挙動」ともいえるものです。
 甲第2号証に記載の発明について、本願発明との課題の共通性を議論するよりも、甲第1号証発明1と対比する方が、直截であったように思います。

 もっとも、甲第1号証よりも、甲第2号証が主引例として適切であったのではないかという疑問が残ります。