薬理データの欠如はサポート要件違反か、実施可能要件違反か

 平成15年にサポート要件の審査基準が改訂されて以降、特許庁は、医薬品の用途発明の出願で薬理データが欠けている場合には、サポート要件違反と判断してきました。「薬理データが無い場合には、目的とする疾患の治療が実現するか否か解らない、つまり、課題を解決できると認識できない」と考えると、薬理データの欠如をサポート要件違反であると判断することができます。
 サポート要件は、平成15年の審査基準の改定までは、明細書の形式的な記載で足りるという運用がなされていました。つまり、実質的には、サポート要件は機能していませんでした。しかし、サポート要件が実質的に判断されるようになると、薬理データの欠如は、サポート要件違反で判断されるようになりました。
 もっとも、薬理データの欠如は、実施可能要件違反ともいえます。その根拠としては、目的の疾患の治療こそ発明の実施であり、治療効果を問わず単に薬を投与することが発明の実施ではないという点が挙げられます。
 以上のとおり、薬理データの欠如は、課題の解決という視点では、サポート要件で処理することもでき、実質的な効果を得るための発明の実施という視点では、実施可能要件で処理することもできます。
 問題は、いずれの枠組みが適しているのかという点です。薬理データの欠如した出願を特許するか否かという結論が明確であるなら、サポート要件で判断するのか、実施可能要件で判断するのかは何れでも良く、判断枠組みが固定されていることが重要です。

 知財高判平成22年1月28日(平成21年(行ケ)第10033号)は、審決がサポート要件違反で拒絶したのに対し、3部(飯村裁判長の裁判体)が、審決を取り消したため、注目を浴びました。さらに、この判決では、「特段の事情のない限りは、「発明の詳細な説明」において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解することで足りるというべきである」と判示したことから、サポート要件の実質化に逆行するとも受け止められ、議論を呼びました。さらに、形式的な記載をもってサポート要件を肯定し、サポート要件に適合する以上、出願後のデータの補充を許容すると、出願後のデータで進歩性を主張することが許されるという可能性も生じていました。

 知財高判平成24年6月28日(判時2160号109頁)は、薬理データが欠けた出願について、審決はサポート要件違反と実施可能要件違反の両者を理由として拒絶したところ、3部(飯村裁判長の裁判体)が、実施可能要件違反の判断を是認し、サポート要件違反については判断しませんでした。結局、当時の3部も、薬理データの欠如した出願は特許されるべきでないという結論については、従前の方針に沿っていたものの、そのサポート要件ではなく実施可能要件で判断を下すべき、との立場であったようです。