サポート要件と実施可能要件との違い、明細書記載の課題はすべて解決されなければならないのか、記載要件と進歩性との両立


 以前書いたとおり、

http://d.hatena.ne.jp/oneflewover/20100930/1285858294

サポート要件と実施可能要件とは、その守備範囲が相当に重複するものの、一致するわけではありません。知財高判平成24年10月29日(平成24年(行ケ)第10076号)は、それを裏付けるものです。

この事案で問題となった発明は、メチレン架橋化多環フェノール性酸化防止剤の組成物に関します。主成分であるメチレン架橋化多環フェノールの構造式は、以下のとおりです。
C6H2(t-Bu)2(OH)-*1n- C6H2(t-Bu)2(OH) (I)
(n=0, 1, 2, 3;末端のフェニル基では、t-BuはOHのオルソの位置(2, 6位)にあり、パラ(4位)でメチレン基に架橋する。中央のフェニル基では、t-Buはオルソの位置(2位)にあり、パラ(4位)でメチレン基に架橋する。)

  式(I)の酸化防止剤成分は公知です。原料は、2,6-ジ-t-Bu-フェノール(C6H3(t-Bu)2(OH))(DTBP)、オルソ-t-Bu-フェノール(C6H3(t-Bu)2(OH))(OTBP)、ホルムアルデヒドであり、これらを触媒下で反応させることによって、式(I)を得ることも公知です。(注:DTBPは、式(I)の末端のユニットに対応し、OTBPは、中央のユニットに対応しています。)
 上記の反応において、生成物中には、未反応のOTBP及びDTBPが残ります。さらに、原料であるOTBP及びDTBPには、微量の2,4,6-トリ-t-Buフェノール(TTBP)が不純物として含まれています。そこで、最終的に得られる生成物中には、原料によって持ち込まれたTTBPも残存します。

 本願発明は、不純物であるOTBP、DTBP及びTTBPの上限を規定したものです。具体的には、OTBP及びDTBPは3.0wt%未満、TTBPは50ppm未満でした。
 

[明細書の記載(サポート要件)]
 本願明細書には、発明の課題に関し、?「向上した酸化安定性」(【0001】(発明の属する技術分野))、?「向上した油溶解性」(【0010】(発明を解決するための手段))、?「低い揮発性」及び?「低い生物蓄積性」(【0020】(発明を解決するための手段))が記載されていました。しかし、実際にこれらの特性を確認した評価結果は、記載されていません。
 もっとも、本願発明の上記課題には、技術常識から理解できるものもあります。
 一般に、芳香環が増えるほど、揮発性と水溶性は低下します。水溶性が低下することは、油溶解性が増大することの裏返しです。そして、OTBP、DTBP及びTTBPは、いずれも芳香環が1つであるのに対し、式(I)の化合物は、少なくとも2つです(n=0でも、両末端の芳香環があります。)。
 したがって、OTBP、DTBP及びTTBPの濃度が減り、その結果として式(I)の化合物の濃度が増えれば、組成物全体として、?「向上した油溶解性」及び?「低い揮発性」は実現します。さらに、式(I)が酸化防止効果を有するのですから、式(I)の化合物の濃度が増えれば、組成物全体として、?「向上した酸化安定性」も実現します。
 もっとも、不純物の濃度は、従来技術でも低いはずです。例えば、3%の不純物が0.3%に減少したとしても、主成分は97%から99.7%に増加するだけなので、組成物全体としての?「向上した酸化安定性」、?「向上した油溶解性」及び?「低い揮発性」の改善は、僅かともいえます。しかし、このような議論は、進歩性でなされるべきであり、サポート要件とは無関係です。

[明細書の記載(実施可能要件)]
 さらに、実際にクレームの組成物を合成した結果は記載されていません。つまり、不純分であるOTBP、DTBP及びTTBPの濃度がクレームの上限未満にできることについて、実施例は存在しません。
 しかし、手段はともかく不純物を低減することによって所定の効果が発揮されることが理論的に理解できるのであれば、サポート要件の問題は生じません。もっとも、実施可能か否かは別問題です。

[審決]
 審決の内容は、以下のとおりです。前段では、実際に物を製造して特性を確認した実施例がない以上、当業者が課題を解決できるとは認識できないとし、後段は、出願時の技術常識に照らしても、当業者が課題を解決できるとは認識できないとしました。

「発明の詳細な説明には,本願発明の組成物を具体的に製造し,その酸化安定性,油溶解性,揮発性及び生物蓄積性について確認し,上記課題を解決できることを確認した例は記載されていないから,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により,上記課題を解決できると認識できるものとはいえない。
また,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤よりも低レベルの単環ヒンダードフェノール化合物,すなわち,「(a)3.0 重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール,(b)3.0 重量%未満の2,6-ジ-tert-ブチルフェノール,および (c)50ppm未満の2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む」ことにより,「酸化安定性,油溶解性,揮発性及び生物蓄積性」が改良されることが,当業者であれば,出願時の技術常識に照らし認識できるといえる根拠も見あたらない。そうすると,具体的に確認した例がなくとも,当業者が出願時の技術常識に照らし,本願発明の課題を解決できると認識できるとはいえない。」

[判決]
 判決は、?「向上した酸化安定性」、?「向上した油溶解性」及び?「低い揮発性」について、[明細書の記載(サポート要件)]で前述と同趣旨の内容を述べ、クレームはサポート要件に適合すると判断しました。残された?「低い生物蓄積性」については、

「発明の詳細な説明の記載から,本願発明についての複数の課題を把握することができる場合,当該発明におけるその課題の重要性を問わず,発明の詳細な説明の記載から把握できる複数の課題のすべてが解決されると認識できなければ,サポート要件を満たさないとするのは相当でない」

と述べ、?まで解決されなくてもよいと判断しました。

 さらに、実際にクレームの組成物が製造できるか否かについては、

「発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識からは本願発明に係る組成物を製造することはできないというのであれば,これは特許法36条4項1号(実施可能要件)の問題として扱うべきものである。」

と判断しました。
 この判決は、サポート要件と実施可能要件が全く同じというわけではないことを示すものといえます。

[サポート要件と進歩性]
 サポート要件について、前述のとおり技術常識で理解できるということになると、進歩性は苦しくなります。本事案の場合、不純物の濃度を下げると?ないし?の効果が得られることは技術常識で理解できるものと判断されました。不純物の濃度を下げるための新たな手段がクレームされているのであれば、進歩性とサポート要件とを両立させることができますが、本事案では、実際の実施例がないのですから、そのような主張も難しいように思います。

*1:CH2)- C6H2 (t-Bu)(OH