不法行為の国際裁判管轄

 先週の新聞記事で、製鉄会社間の不正競争に関する訴訟において、国際裁判管轄が争点の一つとなっていると報じられています。
 不正競争防止法4条の損害賠償請求は、民法709条の特則であると解されるため、日本の裁判所での管轄の有無は、民事訴訟法3条の3第8号

「八  不法行為に関する訴え 不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)。」

によります。不正競争防止法での差止請求についても同様です(最判平成16年4月8日民集58巻4号825頁)。
 「不法行為があった地」とは、加害行為地と結果発生地との双方を含みます。もっとも、結果のうち、二次的又は派生的な損害については、解釈に委ねられています。その理由は、全ての事案について二次的又は派生的な損害の発生まで結果の発生に含めてしまうと、日本の会社が被害者の場合には、究極的には、本社のある日本で経済的な損害を受けたことになり、3条の3第8号が必ず適用されてしまうためです。
 国際裁判管轄に関する民訴法改正の前から、この論点については議論が積み重ねられてきました。契約責任による義務の履行については、当事者の合意があるのですから、契約上の義務の履行地に管轄を認めることには合理性があります。もっとも、債務不履行によって債務が損害賠償請求に転化すると、義務履行地を基準としたままでよいのかという問題が生じます。
 さらに、不法行為の金銭賠償請求では、被告の負う支払債務は持参債務ですので、義務履行地が被告の所在地です。その結果、被告が日本法人である場合には、民訴法を適用すると日本に裁判籍があることになります。しかし、不法行為の被害者が日本法人の場合には必ず日本に管轄があるという結論は、無理があります。そこで、特段の事情の役割が大きくなります(義務履行地の管轄権については、渡辺先生と長田先生の論文があります。)。

最判平成9年11月11日「我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。」)

 上記の事情を踏まえ、民訴法の改正では、契約上の債務の履行に関する訴え(3条の3第1号)と不法行為に関する訴え(同8号)とは別の条項になっています。不法行為に関する訴えで「不法行為があった地」を基準とする理由は、訴訟資料及び証拠方法が不法行為のあった地に所在していることが多いこと、被害者にとっても便宜であることがあげられています。裏返すと、二次的又は派生的な損害の結果発生地では、訴訟資料や証拠方法が存在するとは限らないため、3条の3第8号を適用すべき根拠が乏しく、さらには管轄を否定する「特別の事情」(3条の9)がある可能性が高くなります。

 
 一般に、日本の会社の従業員が日本で営業秘密を取得する行為については、証拠方法が国内にある可能性が高く、3条の3第8号によって日本に管轄が認められるように思います。その一方、外国の会社が、その従業員から外国で営業秘密を取得し、使用する行為(不正競争防止法2条1項8号及び9号)については、証拠方法には外国に所在するものも多いと予想されます。そのため、従業員を被告とする場合と比較すると、ハードルは高くなります。従業員と外国の会社との主観的併合(3条の6、38条前段)という手段もありますが、主観的併合については慎重な判断が求められる傾向にあります。