仮処分の申立て及び執行が不法行為となる場合と訴えの提起が不法行為となる場合

 仙台高判平成23年5月12日判時2164号69頁は、
・債権者の申立てを認容した仮処分命令が保全抗告審で取り消され、本案訴訟でも敗訴した場合に、仮処分命令の申立て及び執行が不法行為とされ
・上記不法行為に基づく損害賠償を求めた債務者の訴えの提起に対し、債権者が、当該訴えの提起が不法行為に当たるとして反訴を提起したところ、その反訴請求が棄却された
という事案です。

 仮処分と訴えの提起とは、訴訟に関する行為という点では共通しますが、不法行為に当たるか否かという点では、異なる規範が用いられています。

[仮処分命令]
 仮処分命令が事後的に取り消された場合に、仮処分命令を得て当該命令を執行したことが不法行為に当たるか否かについては、最判昭和43年12月24日民集22巻13号3428頁があります。この最判は、

「仮処分命令が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取り消された場合において、右命令を得てこれを執行した仮処分申請人が右の点について故意または過失のあつたときは、右申請人は民法七〇九条により、被申請人がその執行によつて受けた損害を賠償すべき義務があるものというべく、一般に、仮処分命令が異議もしくは上訴手続において取り消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情のないかぎり、右申請人において過失があつたものと推認するのが相当である。」

 と判示しています(注:もっとも、当該事案の事実関係の下では、債権者に相当な事由があったことを理由に過失を否定しています。)

[訴えの提起]
 その一方、訴えの提起が違法で不法行為になるか否かについては、最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁があります。この最判は、

「法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、不法行為の成否を判断するにあたつては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされることは当然のことである。したがつて、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり、提訴者が敗訴の確定判決を受けたことのみによつて、直ちに当該訴えの提起をもつて違法ということはできないというべきである。一方、訴えを提起された者にとつては、応訴を強いられ、そのために、弁護士に訴訟追行を委任しその費用を支払うなど、経済的、精神的負担を余儀なくされるのであるから、応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような訴えの提起は、違法とされることのあるのもやむをえないところである。
 以上の観点からすると、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。けだし、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるものと解するならば、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである。」

 と判示しています。

[仮処分と訴えの提起との差異]
 上記のとおり、訴えの提起を不法行為とすることについては、仮処分よりも慎重な判断が求められています。その理由としては、仮処分の特性が挙げられます。
仮処分の場合、債権者の立証は疎明で足り、債務者の審尋なしに保全命令が発令されることもあり(係争物に関する仮処分の場合には、その方が一般的です。)、本案訴訟では実は被保全権利が存在しなかったことが明らかになることもあります。その一方、債務者は、保全命令が発令されると、目的物の処分制限などの負担を強いられます。それにもかかわらず、債務者が損害を受忍する必要はありません。仮処分は、効果が大きいものの、失敗した場合のリスクも大きい手続きといえます。

[仙台高判平成23年5月12日の事案]
 上記事案では、結論として、債権者の過失を認めています。その背景として、以下の事実関係があります。
 債務者(Y)は、産業廃棄物関連の事業を目的として設立された会社であり、福島県より、事業用地(「本件事業用地」)において産業廃棄物処理施設(「本件処理施設」)の設置許可を受けました。訴外Bらは、土地(「本件土地」)を所有しており、本件土地は、本件事業用地の一部でした。Xは、Bらとの間で、本件土地の賃貸借契約を締結しました。
 ところが、債権者(X)は、Bらから本件土地を購入し、本件土地の所有権に基づく妨害予備請求権を被保全権利として、工事の続行差止めをもとめて仮処分の申立てを行いました。裁判所は、工事の続行を禁止する仮処分命令を発令しましたが、保全抗告審で取り消されました。本案訴訟でも、同じ結論に至りました。その理由は、本件土地の売買契約は訴訟信託と判断されたためです。
 以上のとおり、Xの依拠した被保全権利は、X自身の関与した売買契約に由来するものでした。したがって、過失の推定が覆らないことは止むを得ないと思われます。

特許権侵害による仮処分命令が取り消された場合]
 特許権侵害についても、権利者が差止めを求めて仮処分の申立てがなされることがあります。裁判所が仮処分命令を発令したとしても、後になって、特許権が無効審判及び審決取消訴訟を経て無効とされることもあり得ます。その場合、特許権者の過失は認められるのでしょうか。
 この論点に関しては、

・原則として、過失を認めるべきでない
(特許は、特許庁の審査を経て付与されている;この種の事案では債務者審尋も行われるため、債務者にも主張の機会がある;権利の有効性に疑義があれば、保全の必要性なしとして、発令しないという選択肢もある)

・昭和43年最判どおり、過失の推定を認めるべきである
(確かに、特許の有効性について権利者が判断することが困難という事情はあるものの、債務者に与える影響は甚大である。)
という両説があります(大阪高判平成16年10月15日判時1912号107頁のコメント欄)。
 
 の両説があります。
保全の必要性について柔軟かつ適切な解釈がなされるのであれば、前者でも構わないように思います。