動機づけと課題の多様性

 公知発明A+Bに関し、Aの代替品としてA’が登場したと仮定します。当業者であれば、Aに代えてA’を採用し、A’+Bとすることは、容易であるはずです。
 A’がAの代替品として登場する際に、A’とAとは共通の性質を有するものの(共通点があるから代替品となるはずです。)、A’はAにない性質又はAよりも優れた性質を有するからこそ、「代替品」となったはずです。しかし、A’は、「代替品」として注目される根拠となった当該性質とは別に、他にも優れた性質を有しているかもしれません。発明者が、その性質に着目してA’を採用し、A’+Bを発明したところ、新たな課題を解決して予想外の効果が生じることもあります。この場合、AをA’に置換する動機づけは肯定されるのでしょうか。
 特許は、同じ構成について異なる動機づけごとに付与されるわけではありません。一つの構成について、一つの特許のみが付与されます。したがって、発明者が難しい途を辿って(弱い動機づけにもかかわらず)発明を完成させたとしても、別途、簡単な途(強い動機づけ)があれば、特許性は否定されます。
 その一方、強い動機づけの経路で予想された効果とは別に、新たな予想外の効果が生じるとすれば(そのような効果を得るためには弱い動機づけしかなかったとすれば)、予想外の効果を評価して特許性を肯定すべきという理屈も成り立ちます。
 予想外の効果の重みは、予想外の程度のみならず、その効果が発明品にとってどのような位置を占めているのかにも依存します。その効果が発明品にとって重要な特性に関し、発明品の魅力を大幅に高めるのであれば、当該効果を重視すべきです。その一方、予想外の効果ではあっても、発明品にとって枝葉末節の効果であれば、重視することはできません。
 
 知財高判平成24年11月13日(平成24年(行ケ)第10004号)は、上記の類型を検討する上で、参考となる事例です。
 この判決で問題となった特許は、シュープレス用のベルトに関します。シュープレスとは、紙の製造工程において脱水するため、紙の一方の面をプレスロールでおさえ、もう一方の面をエンドレスベルトを介して加圧シューで加圧することをいい、当該エンドレスベルトが「シュープレス用ベルト」と呼ばれます。
 本件発明では、このベルトの外周面のポリウレタンに、ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤を使用する点に特徴がありました。
 その一方、引用発明では、硬化剤として4,4−メチレン−ビス−(2−クロロアニリン)(MOCA)が使用されていました。
 しかし、ジメチルチオトルエンジアミンは、MOCAよりも発がん性が少ないという理由により、MOCAの代替品の硬化剤として紹介されていました。そこで、審決は、MOCAに代えてジメチルチオトルエンジアミンを使用することは容易と判断しました。
 
 それに対し、判決は、審決の判断を覆し、MOCAに代えてジメチルチオトルエンジアミンを使用することは容易ではないと判断しました。その根拠は、クラックの発生を防止して耐久性を向上させるという予想外の効果です。
 確かに、シュープレス用のベルトでは、耐久性は重要な性質です。したがって、この効果を重視することには合理性があります。もっとも、発がん性の低減も重要な要素であったことも間違いありません。これら2つの動機と効果をどのように総合評価するのかという点で、審決と判決とでは結論を違えたといえます。