一部請求と残部の消滅時効

[一部請求の利用態様]
 金銭の支払い請求では、一部の額のみを申し立てることがあります(一部請求)。
 一部請求が用いられる典型的な場面は、不法行為の損害賠償請求です。例えば、交通事故の被害者の場合、損害額が最終的にどのような額になるのか、訴えの提起の段階で予測することは困難です。予想外の後遺症が残ることもあります。このように、訴えの提起の段階で金額を知ることが困難な事案の特殊性については、最判昭45年7月24日の判例解説での「訴訟の進行過程において金額が漸次明確化していく損害賠償請求については、貸金や売買代金のような、当初から金額が明確になっている一般の債権の場合とは異なった解釈態度が、訴状の記載に対してもとられてしかるべき」との解説にも現れています(もっとも、一部請求の問題として扱うこと自体を批判する見解として、伊藤先生)。」

 それ以外に、訴訟の結末の見通しが不透明である場合にも、裁判所の判断を仰ぐことを目的として、一部請求が用いられることもあります。特に、原告が個人であるなど資力に乏しい場合、当初から全額を請求すると、訴え提起の段階で印紙代が多額になってしまい、印紙代が負担できないということもあり得ます。


[残額の消滅時効
 一部請求では、残額の消滅時効は中断するのでしょうか。

 判例によると、まず、原告が一個の債権について数量的な一部のみを請求することを明示している場合には、その一部のみが訴訟物になります。その帰結として、訴訟係属の効果も、既判力も、そして消滅時効の効力も(民147条1号の「請求」及び149条の「裁判上の請求」)、その一部の範囲においてのみ生じ、残部には生じません(最判昭和34年2月20日民集13巻2号209頁)。その一方、一部請求の趣旨が明示されていない場合には、時効中断の範囲は、債権全体に及びます(最判昭和45年7月24日民集第24巻7号1177頁)(もっとも、旧訴訟物理論からも、一部請求は給付命令の上限を画するという効果しか持たず、訴訟物は債権全体となるという見解について、伊藤先生)。

 もっとも、昭和34年判決には、藤田八郎判事の少数意見が付されています。藤田判事は、裁判上の請求とは、訴訟という形式で確実に権利主張がなされることを必要としたにすぎず、訴訟において権利の主張があれば足りるとの見解を示されています。そして、一部請求の残部については、
・いつでも請求拡張の方法により判決を求め得るという点で、潜在的訴訟係属がある。
・一部請求も、損害賠償請求権(残部も含む。)の確認訴訟を含んでいる。
ということを根拠として、残部についても時効中断の効力が生じるとの結論を導いています。
(なお、後者の点については、実際の訴訟ではそのような判断過程を必ず経ているわけではないという反論について、昭和45年判決の判例解説参照)

 その後の判例は、訴訟係属にこだわらず訴訟での権利の主張があれば足りるという点では、藤田判事の示唆した方向に展開しました。
 
まず、権利が攻撃防御方法として主張された場合でも、権利の存在が訴訟物として確定されたのと実質上同視しうるような関係にある場合には、裁判上の請求に「準じる」ものとして、時効の中断が認められています(最大判昭和43年11月13日民集22巻12号2510頁及び昭和44年11月27日民集23巻11号2251頁)。
昭和43年判決は、所有権に基づく登記手続請求訴訟において、被告が自らの所有権を主張し、判決でもそれが認められた事案です。昭和44年判決は、債務者が、根抵当権設定登記抹消登記手続請求訴訟を提起し、その理由として被担保債務の不存在を主張したところ、債権者が、債権の存在を主張した事案です。

 次に、裁判上の請求に準じるとはいえないまでも、訴訟係属中に催告の継続(つまり、裁判上の催告)を認めた事例があります(最大判昭和38年10月30日民集17巻9号1252頁)。裁判上の催告では、訴訟の係属中は催告が継続し、訴訟の終結した時点を基準として6月中に正式の中断手続を採れば足ります(民153条)。
昭和38年判決は、原告が所有権に基づく株券引き渡しを請求したところ、被告が留置権の抗弁を主張したという事案でした。判決は、留置権の抗弁をもって、被担保債権の時効の中断の効力がある(ただし、催告として)と判示しています。


知財高判平成25年4月18日]
知財高判平成25年4月18日は、職務発明の対価請求事件において、一部請求の残額について裁判上の催告を認めました。
原告は、訴えの提起の段階では、職務発明の相当の対価の「一部」として、150万円を請求しました。その背景には、
職務発明の対価の算定には、予測可能性が高いとはいえない
・原告が個人である
・この事案のような報償規定において、対価請求権がいつ時効にかかるのか、訴え提起時点では先例も少なく、結論を予測しがたい
といった事情があったと推測されます。実際、第一審では対価請求権そのものについて時効が成立したと判断されましたが(第1次第1審判決)、控訴審でその判断が覆るという経過をたどりました(第1次控訴審判決)。
 原告は、差し戻し後の地裁の審理での平成21年8月17日に、請求を拡張しました。しかし、対価請求権の時効期間は、平成20年10月6日に満了済みでした。もっとも、第2次第1審判決は、裁判上の催告の理論を用いて、時効が中断すると判断し、第2次控訴審判決(前述の知財高判平成25年4月18日)もその判断を是認しました。
 原告は、訴えの提起にあたり、「原告は追って被告の時効の主張を見て請求額を拡張する予定である」と主張していました。この主張について、第2次控訴審は、「本件訴訟で時機をみて残部についても権利を行使する意思を明示していたと認められる。」と判断しました。
 
 法律的にも判断の難しい事案について、仮に原告個人が全額について訴えを提起して印紙代の負担を負わなければならないとすると、結論として必ずしも妥当とはいえません。判例が時効中断について訴訟係属に必ずしも拘らない方向で展開してきたこと、この事案では一部請求が残部についても確認請求の意味を有していることを考慮すると、第2次控訴審の判決には納得がいきます。