進歩性の判断枠組みにおいて、効果は、要件事実としてどのように位置づけられるか

 進歩性の判断枠組みでの相違点の判断のステップは、要件事実的には、総合判断型の規範的要件と解されています(総合判断型の規範的要件の例として、借地借家法28条の正当事由)。総合判断型の規範的要件では、各種の要素が総合評価されます(借地借家法28条の正当事由で類型化された要素として、建物の使用を必要とする事情、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、立退き料)。

 相違点の判断の場合、考慮要素としては、審査基準にもあるとおり、技術分野の関連性、課題の共通性、機能及び作用の共通性、顕著な効果、阻害事由などが挙げられます。

 相違点の判断で特徴的な点は、容易想到性の評価根拠事実と評価障害事実(進歩性の評価根拠事実と評価障害事実)とが分離しており、容易想到性の評価根拠事実が不十分であれば、評価障害事実の検討に進むまでもなく、容易想到性なし(進歩性あり)との結論に至る点です。

 このような特徴は、
・評価根拠事実にも評価障害事実にもなる類型が見当たらないこと(例えば、課題に何らかの共通性があるのであれば、評価根拠事実にはなります(しかし、共通性の程度が弱い場合には、容易想到性を肯定するには至りません。)。)
・評価根拠事実と評価障害事実とを組み合わせて判断するような事態が想定し難いこと
という事情によるものです。
 
 したがって、判断の枠組みは、理論的には総合判断ではあるものの、容
易想到性の評価根拠事実のみをまず判断することも許されます。容易想到性の評価根拠事実のみを検討した結果、容易想到性ありといえないのであれば、評価障害事実を考慮に入れると、ますますその結論を動かし難くなります。したがって、容易想到性の評価根拠事実のみで結論を出すことができます。
 
 その一方、容易想到性の評価障害事実(進歩性の評価根拠事実)のみで結論を出すことができるのでしょうか。

 例えば、効果が顕著であるとしても、評価障害事実も強力であれば(例えば、効果がbonus effectである場合)、効果の評価が減殺され、容易想到性あり(進歩性なし)との結論に至ることもあり得ます。したがって、容易想到性の評価障害事実を検討して容易想到性を否定できそう(進歩性を肯定できそう)との感触が得られても、引き続き、容易想到性の評価根拠事実を検討する必要があります。

 このような事情は、容易想到性の評価根拠事実から検討する場合にも当てはまります。
 つまり、まず、容易想到性の評価根拠事実を検討し、容易想到性を肯定できそう(進歩性を否定できそう)との感触が得られても、引き続き、容易想到性の評価障害事実(例えば、効果)の検討が必要です。
 審査基準は、このスキームを採用しています。前段の容易想到性の評価根拠事実の検討は、しばしば、「構成の容易想到性」と呼ばれます。

 審決取消訴訟において、原告が取消事由として「顕著な効果の看過」を主張することがあります。この取消事由の趣旨は、(容易想到性の評価根拠事実が審決のとおりであったとしても)評価障害事実としての顕著な効果を正当に評価すると、結論は異なる、という点にあります。つまり、容易想到性の評価根拠事実を無視しているわけではなく、審決の認定を前提としています。



 知財高判平成23年11月30日(判タ1388号307頁)は、顕著な効果の看過の取消事由を認め、審決を取り消しました。コメント欄には、「構成の容易想到性については判断せずに」「作用効果を検討し」、「審決には顕著な効果を看過した誤りがあるとして、これを取り消した」との紹介があります。
 しかし、「構成の容易想到性」を全く無視できるわけではないように思います。
 実際、判決の中では、顕著な効果の判断にあたり、容易想到性の評価根拠事実に該当する事実にも触れられています。


 問題のクレームは、いわゆるスイスタイプクレームです。有効成分は、カルベジロールであり、用途は、「虚血性のうっ血性心不全に起因する死亡率をクラスIIからIVの症状において同様に実質的に減少させる」ことです。
 従来技術として、カルベジロールを非虚血性のうっ血性心不全患者の治療に使用することは知られていました(審決の「刊行物A発明」)。しかし、死亡率の減少は知られていませんでした。
判決は、上記の取消事由に関し、

「訂正発明1については,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより,死亡率の危険性が67%減少する旨のデータが示されている。
これに対し,刊行物Aには,カルベジロールは虚血性心不全である冠動脈疾患により引き起こされた心不全の患者の症状,運動耐容能,長期左心室機能を改善する点の示唆はあるものの,死亡率改善については何らの記載もない。また,刊行物Aには,カルベジロールを特発性拡張型心筋症により引き起こされた非虚血性心不全患者に対し,少なくとも3か月投与したところ,左心室収縮機能等の改善が認められたことが記載されているが,死亡率の低下について記載はない。」

「上記のとおり,本願優先日前,β遮断薬(注:カルベジロールは、β遮断薬に分類されます。)虚血性心不全患者の死亡率の低下については,統計上有意の差は認められていなかったと解される。また,本願優先日前に報告されていたACE阻害薬の投与による虚血性及び非虚血性を含めた心不全患者の死亡率の減少は16ないし27%にすぎず,また,虚血性心不全患者の死亡率の低下は19%にすぎなかった。したがって,訂正発明1の前記効果,すなわち,カルベジロールを虚血性心不全患者に投与することにより死亡率の危険性を67%減少させる効果は,ACE阻害薬を投与した場合と対比しても,顕著な優位性を示している。」

 以上のとおり、顕著な効果を検討するにあたり、従来技術と技術分野、機能・作用の点でどの程度の近さにあったのか(例えば、従来技術における心不全患者への投与の成績、それによる治療効果)も考慮されているように思います。