職権での無効理由通知、解決課題の認定

換気扇フィルター事件の第2次審決取消訴訟が判時2197号119頁に掲載されています。

 この事件は、無効審判の2回目の審決取消訴訟です。第1次審決では、特許庁は特許を進歩性欠如により無効としましたが、その審決取消訴訟(第1次審決取消訴訟)では、裁判所は、第1次審決を取り消しました(知財高判平成23年1月31日判時2107号131頁)。その際、裁判所は、Problem-Solutionアプローチを変形して、課題の設定がユニークであれば進歩性を認めるという規範を打ち出し、注目を集めました(規範の部分は、末尾に引用)。

 Problem-Solutionアプローチでは、発明の課題は、最近接技術との対比から客観的に定まります。その客観的課題の観点から、最近接技術と副引用技術との組み合わせの容易性が検討されます。その際、最近接技術の課題には、登場する余地がありません。しかし、第1次審決取消訴訟では、Problem-Solutionアプローチを変形し、最近接技術の課題が考慮要素となるようにしました。

 第2次審決及び第2次審決取消訴訟の特徴として、以下の2点が挙げられます。

特許庁が、職権で、新たな無効理由を通知し、それによって再度、特許を無効とした(第2次審決)。

・裁判所は、第2次審決を取消す際、特許の課題の認定にあたり、第1次審決取消訴訟に従っていない。

[職権での無効理由通知]
 特許庁は、請求人が申し立てていない無効理由についても、審理することはできます(特許法153条)。もっとも、特許権者側からみると、職権探知に納得することは困難です。
 とりわけ、侵害訴訟が継続している場合に、判断権者であるはずの特許庁が、被疑侵害者に味方して(いるように見えても仕方ありません)、新たな文献をサーチして新たな無効理由を通知し、特許を無効にするのでは、特許庁が補助参加しているようなものです。
 請求人の主張とやや異なる観点で審決を書くという場合には、不意打ちを避けるという観点で、職権での無効理由通知には意味があることもあります。しかし、あまり頻繁に職権での無効理由通知が行われ、特許庁が請求人に後見的に介入するのであれば、将来的には、特許庁の負担が増えるかもしれません。
 
特許庁の公式見解も、無効審判での職権探知は例外的という立場に立っています。

「異議申立制度の廃止と無効審判への統合の改正に際しても当事者対立構造の審理構造を維持したという改正趣旨を踏まえれば、基本的には審判請求人の主張立証に基づいて審理を進めることが適切と考えられるから、審判官による無効理由の職権審理はあくまで補完的かつ例外的な場合にとどまる。
したがって、無効審判請求人は、無効理由の主張立証につき、審判官の職権発動をいたずらに期待することなく、十分な主張立証活動をする必要がある。」

[課題の認定]
 本件発明の特徴は、金属製の換気扇フィルター枠と不織布製のフィルター材との接着に特定の接着剤を使用した点にあります。この接着剤では、使用後、換気扇フィルターを水に浸すことにより、金属製枠と不織布製フィルター材とが分離しやすくなり、その結果、廃棄の際の分別が容易になります。
 
 第1次審決及び第1次審決取消訴訟では、主引用発明は、通常の換気扇フィルター、つまり、接着剤が特定されていない(というよりも、水に浸して分離しやすくするという工夫がされていない)一般的な換気扇フィルターでした。当然のことながら、相違点は、接着剤の特定にあります。そして、課題は、

「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」

と認定されました。

 それに対し、第2次審決では、新たな主引例が引用されました。新たな主引用発明は、試用期間中にフィルター材だけ交換可能な換気扇フィルターでした。つまり、廃棄の際に金属製枠と不織布製フィルター材とが分離されるのではなく、金属製枠の使用を継続しつつ、汚れた不織布製フィルター材のみ新品に交換するという使用態様が想定されていました。
主引例が変更され、相違点も変更される以上、第1次審決の規範によると、客観的な解決課題も認定し直さなければなりません。
ところが、第2次審決取消訴訟では、本件発明の課題の認定に際し、新たな主引用発明との相違点が考慮された気配がありません。

「本件発明1は,金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着され,不織布製フィルター材が汚れた場合,不織布製フィルター材と共に金属製フィルター材を廃棄して新しい換気扇フィルターと交換する全部廃棄タイプの換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分離して廃棄することを可能することを解決課題とし,全部廃棄タイプの換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着させるが,水に浸漬すれば接着力が低下し,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別し得る皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いることを解決手段とした発明であることが認められる。」

 日用品という技術分野も考慮すると、結論には賛成です。
 しかし、(部は同じであっても)裁判体が変わったという理由により、第1次審決取消訴訟と第2次審決取消訴訟とで判断枠組みが変わってしまうというのでは、運用として不安定であるように思います。



[(参考)知財高判平成23年1月31日判時2107号131頁]
「当該発明について,当業者が特許法29条1項各号に該当する発明(以下「引用発明」という。)に基づいて容易に発明をすることができたか否かを判断するに当たっては,従来技術における当該発明に最も近似する発明(「主たる引用発明」)から出発して,これに,主たる引用発明以外の引用発明(「従たる引用発明」)及び技術常識等を総合的に考慮して,当業者において,当該発明における,主たる引用発明と相違する構成(当該発明の特徴的部分)に到達することが容易であったか否かによって判断するのが客観的かつ合理的な手法といえる。当該発明における,主たる引用例と相違する構成(当該発明の構成上の特徴)は,従来技術では解決できなかった課題を解決するために,新たな技術的構成を付加ないし変更するものであるから,容易想到性の有無の判断するに当たっては,当該発明が目的とした解決課題(作用・効果等)を的確に把握した上で,それとの関係で「解決課題の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠となる。上記のとおり,当該発明が容易に想到できたか否かは総合的な判断であるから,当該発明が容易であったとするためには,「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく,「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合がある。すなわち,たとえ「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」としても,「解決課題の設定・着眼がユニークであった場合」(例えば,一般には着想しない課題を設定した場合等)には,当然には,当該発明が容易想到であるということはできない。ところで,「解決課題の設定が容易であったこと」についての判断は,着想それ自体の容易性が対象とされるため,事後的・主観的な判断が入りやすいことから,そのような判断を防止するためにも,証拠に基づいた論理的な説明が不可欠となる。また,その前提として,当該発明が目的とした解決課題を正確に把握することは,当該発明の容易想到性の結論を導く上で,とりわけ重要であることはいうまでもない。」