引用発明の認定(1まとまりの技術的思想としての引用発明か、本件発明と対比するための引用発明か)

[引用発明の認定]
 引用発明は、本件発明との対比のため(主引用発明の場合)又は相違点の構成に当たる発明として(副引用発明の場合)、用いられます。本件発明との対比という観点では(又は相違点の構成の抽出という観点では)、本件発明のフィルターを通した認定となってしまうことは避け難いものです。その結果、引用文献では1まとまりの発明として記載されているにもかかわらず、その一部のみを認定する、ということがあります。

しかし、引用発明は、それ自体、独立した技術的思想であるはずです。そのため、
・引用文献では必須とされている構成を省略してよいのか、
・A+Bの組み合わせに意味があると記載されているにもかかわらず、A単独又はB単独を認定してよいのか、
といった問題が生じます。

知財高判平成26年5月26日]
 知財高判平成26年5月26日(平成25年(行ケ)第10248号)でも、引用発明の認定が問題になりました。

<審決の認定>
 審決が認定した引用文献(特開2003−311152号公報)から認定した引用発明は、以下のとおりです。

「「排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し,理論空燃比近傍または空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材と,Pt,Rh等の貴金属と,排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と,を備える車両用のリーンバーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン4の排気ガス浄化装置であって,
排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材に吸収させ,
 理論空燃比近傍または空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOx吸収材からNOxを放出させ,
 排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属を含む排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御され,
 HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進み易くなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置。」

 この引用文献は、リーンバーンエンジンなど理論空燃比よりも低い混合気(つまり、薄い燃料濃度)で運転するエンジンの排ガス処理に関します。リーンバーンの場合、燃費は向上しますが、NOxの生成が避けられません。この問題のため、排ガス規制の強化とともに、直噴エンジン(リーンバーンに該当します。)は、乗用車には使用されなくなる傾向にあります。
 
 NOxの対策としては、空気リッチ(リーン燃焼運転)の条件で生じるNOxをNOx吸収材に吸収し、逆に燃料リッチ(リッチ燃焼運転)の条件に転じると、NOx吸収材からNOxを放出し、排気ガス中の還元ガス(HC(炭化水素)、CO,H2)でNOxをN2に還元するとともに、還元ガスも酸化するというリーンNOx触媒が知られていました。さらに、この系に酸素吸蔵性能(OSC性能)の高い複合酸化物を添加することも知られていました。酸素吸蔵材としてCe−Pr複合酸化物も知られていました。しかし、Ce−Pr複合酸化物は、リッチ燃焼運転に転じる際、酸素を大量に放出するため、NOxの還元が進みにくいという問題もありました。
 この技術的背景をふまえ、引用文献では、Ce−Pr複合酸化物にさらにZrを添加して、Ce−Pr−Zr複合酸化物としたという点に特徴があります。
 審決は、酸素濃度に関し、「排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御され」と認定しました。この酸素濃度自体は正しいのですが、この酸素濃度は、Ce−Pr−Zr複合酸化物によって実現した結果であり、酸素濃度を直接に制御しているわけではありません。審決の認定では、このCe−Pr−Zr複合酸化物が欠落していました。

<補正発明>
 審決がこのような認定をした背景には、審決の判断の対象となった補正発明が酸素濃度を規定しているという事情があります。
 補正発明は、以下のとおりです。
 
排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の酸素濃度を制御するO2制御手段と,を備える内燃機関排気ガス浄化システムであって,
 排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収させ,
 排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,
 上記O2制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8〜1.5vol%に制御することによりHCの部分酸化反応を誘発し,
 この部分酸化を利用してNOxを還元させる,ことを特徴とする排気ガス浄化システム。」

 このクレームの文言は、一見すると、酸素吸蔵材の共存を排除していません。
 しかし、本願明細書では、「排気ガス中の酸素濃度を制御するO2制御手段」は、酸素吸蔵材を意図したものではありません。本願明細書では、酸素濃度を一定範囲に制御することにより、燃料の部分酸化によってCO及びH2を生成させ、これらの成分によってNOxを還元することが記載されています。つまり、酸素吸蔵材によらず、酸素濃度を制御することに課題解決手段があります。
 
 判決は、「補正発明が「Ce−Zr−Pr複酸化物」を備えたものを含むものと認めることはできない」と判示しました。このような認定は、「排気ガス中の酸素濃度を制御するO2制御手段」の解釈として、リパーゼ判決の下でも、許されるべきです。

<判決の認定判断>
 判決は、Ce−Pr−Zr複合酸化物が欠落しているという点で、本件審決の引用発明の認定が誤っていると判断しました。この点について、判決は、
「(特許法29条1項3号の)「刊行物に記載された『発明』」である以上は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法2条1項)であるべきことは当然であって,刊行物においてそのような技術的思想が開示されているといえない場合には,引用発明として認定することはできない。」
と述べています。