「発明特定事項に該当する事項」説 (延長された特許権の効力)

 延長登録に関する知財高裁大合議判決について、様々な評釈が出つつあります。
 L&T67号では、熊谷先生が、批判的な立場から見解を述べておられます。熊谷先生は、特許庁の「発明特定事項に該当する事項」説*を支持されているようです。(* 先行処分によって(特許法上の解釈として)禁止が解除された範囲は、承認事項のうち「発明特定事項に該当する事項」で画される範囲である;後行処分の出願に対する先行処分に基づく拒絶理由の範囲と、延長された特許権の効力の範囲とは一致し、何れも「発明特定事項に該当する事項」で画される範囲であるという説)
 もっとも、その根拠については、あまり明確ではありません。「特許権の存続期間の延長登録制度の趣旨が「特許発明の実施をすることができなかった期間」を回復するものである以上、先行処分により実施が可能となった特許発明について、特許請求の範囲に記載された発明特定事項をもとに判断することは、特許法上の「特許発明の実施」の解釈を行う上で妥当であ(る)」とも述べておられますが、論理が飛躍しているようにも思えます。
 むしろ、実質的な価値判断として、「新規有効成分や新規効能効果に関する研究開発のインセンティブを高め、イノベーションの進展に寄与することに悪影響を与えるものであってはならない」という点を重視しておられるようです。
 
 しかし、「延長される範囲が細かくなると、R&Dのインセンティブが落ちる」と断定してよいのかは疑問です。開発の負担の小さい後発薬の参入は防ぎつつ(後発薬の参入防止という目的にとっては、有効成分+効能・効果の範囲が必要なわけではありません。)、きめ細かく延長が認められるのであれば、インセンティブが落ちるということにはならないはずです。

 「発明特定事項に該当する事項」説の問題点は、AIPPIで田村先生が指摘されているとおりです(「明細書内に選択発明に該当しうるようなものが記載されていたり、実施形態として独自に非容易推考性を獲得したりし得るものが含まれているとしても、それをクレームアップするかしないかは出願人の自由である。しかも、改定審査基準がよって立つ特許権単位説であると、クレームアップしたところで、その範囲での実施を初めて可能とする後行処分に基づく延長登録は認められることはなく、出願を分割するか、訂正により広いほうの請求項を削除しなければならない」)。

 現在の審査基準は、「出願人は、特許性にとって客観的に必要最小限度の発明特定事項のみでクレームを作成するはずである」という暗黙の前提に立っていたのかもしれません。しかし、特許性にとって必要最小限度の発明特定事項は、どのような先行文献が見つかるのかによっても変わります。そして、そもそも、どのような発明特定事項を用いるのかは、出願人及び特許権者が自由に決めることができます。