最高裁判決を受けたプロダクトバイプロセス(PBP)クレームの行方

 平成27年6月5日付けの2件の最高裁判決(平成24年(受)第1204号及び同第2658号)は、前者が技術的範囲の確定、後者が特許性の判断のための要旨認定に関するものです。
 なお、両者とも、原審は侵害訴訟の控訴審です。前者(平成24年(受)第1204号)の原審は、知財高裁平成24年1月27日の大合議判決であり、構成要件非充足で非侵害との結論、無効の抗弁は「念のため」の傍論でした。後者(同第2658号)は、知財高判平成24年8月9日であり、無効の抗弁のみ判断されました。高裁での判決理由に応じて、最高裁の判断の対象も異なっています。

 最高裁の判断は、以下のとおりです。
・技術的範囲の確定及び発明の要旨認定の何れについても、いわゆる物同一説による。
技術的範囲について
「したがって,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。」
要旨認定について
「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その発明の要旨は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として認定されるものと解するのが相当である。」

・PBPクレームは、原則として、明確性要件に適合しない。
「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。」
(不可能・非実際的事情)

 この規範の下では、いわゆる製法限定説での解決が難しくなりました。つまり、物のクレームは、物同一説で(理論的に)広いクレームとして解釈されるか、明確性要件によって無効とされるかの二者択一です。大半は、後者になるでしょう。
 特許庁に係属中の事案については、補正や分割により、製造方法のクレームを急いで付加すれば足ります。通常は、当初より製造方法のクレームも入っているはずです。しかし、既に特許されたものについて、物のクレームしかない場合、物から製造方法へカテゴリー変更をすると、訂正要件違反になる確率が極めて大です。製法の構成要件を付加して製法限定説で生き延びることも難しくなりました。
 様々な議論の末、結局、物同一説か明確性要件不適合で無効となるかの両極しか認められなくなったという結末は、虚脱感も覚えます。


 特許庁は、PBPクレームの出願に対し、デフォルトで明確性要件不適合の拒絶理由を打つでしょう。被告も、明確性要件不適合の無効理由を主張するでしょう。
 どのような場事情が不可能・非実際的事情に該当するのか、誰も判りません。立体商標のように、ほとんど幻の権利になるかもしれません(理論的にはあり得るが、権利化されること自体がニュースになるという意味で)。ノーベル賞級の成果が該当することはわかりますが、それ以外の場合、例えばポリマーブレンドのような技術分野でどのような扱いがなされるのか、予測不可能です。
 山本意見が危惧するとおり、実際には、委縮効果が働いて、PBPクレームは駆逐されるのではないかと思います。説得的なのは、山本意見でしょう。

 この判決は、「当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するとき」に限り、クレームが明確性要件に適合すると判示しました。
 しかし、この理屈は、倒錯的であるように思います。クレームが明確であるか否かは、「当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか」否かとは無関係です。それに加え、特定することが不可能であればこそ、不明確といえるのであって、特定できない極限に至ると明確になるというのでは、理解が困難です。
 結局、明確性要件を調整弁として使用した結果、このような異形の結論に至ってしまったのではないかとも思います。

 リパーゼ事件の最高裁判決は大法廷で変更されていない以上、要旨認定については、依然として、リパーゼ判決の規範が生きています(36条にリパーゼ判決が及ぶのかは、問題にはなります。)。リパーゼ判決からすると、要旨認定は、物同一説に親和性があります。そして、技術的範囲の確定と要旨認定とが同一であるべきとの立場では、技術的範囲の確定も、物同一説にせざるを得ません。その結果、技術的範囲について広い解釈が採用され、アメリカのPBPの実務と乖離してしまったという結果(千葉補足意見を参照)は、皮肉ともいえます。