実施可能要件とサポート要件の違い、使用方法による物の特定とPBPクレーム


 実施可能要件とサポート要件との関係については、既に検討したことがあります。
http://d.hatena.ne.jp/oneflewover/20100930/1285858294
http://d.hatena.ne.jp/oneflewover/20120510/1336655392

 知財高判平成27年8月5日(平成26年(行ケ)第10238号)は、実施可能要件とサポート要件との違いという観点で、興味深い事案です。もっとも、対象となった発明は、以下のとおりであり、科学的又は技術的には問題がありそうです。

「天然若しくは合成ゴム又は合成樹脂製で独立気泡構造の気泡シートを備えた活性発泡体であって,
前記気泡シートは,ジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物を含有し,
薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いることを特徴とする活性発泡体。」

明細書には、椅子の上に上記活性発泡体を敷き、その上に被験者が座った状態で30分経過後の測定結果では、血流量が1.5倍に増大したという記載がありました(試験1)。試験2では、vitroの試験により、発泡体から発生するという特定波長の赤外線が癌細胞に及ぼす影響が試験されており、試験3では、酪酸ナトリウムが有するという癌細胞増殖抑制への増強作用が試験されていました(科学的に検証が可能か否かは明らかではありません)。

[審決]
 審決は、「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いることを特徴とする」との要件から、実施可能要件について、

  • 活性発泡体と薬剤とを併用することで薬剤の効果が上がることを当業者が理解し認識できるように記載されていることが必要である;
  • 医薬用途に関する発明に準じて,併用することによる効果を当業者が具体的に理解し認識できるように記載されていることが必要であり,そのためには,併用効果に関する薬理作用を裏付ける必要があると解するべきである

と判断し、発明の詳細な説明は実施可能要件に適合しないと判断しました。

[判決]
 しかし、判決は、審決を取り消しました(ただし、発明の詳細な説明が実施可能要件に適合すると判断したわけではなく、あくまで審決の判断が誤っていると判断したという点に留意が必要です。)。

<物を使用できるか>
 判決は、まず、物を使用できるかという点に関し、以下のとおり判示しました。

「ここにいう「使用できる」といえるためには,特許発明に係る物について,例えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど,少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができることを要するというべきである。」

 「例えば」との記載からわかるとおり、判決は、「発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができる」ことまでを求めているわけではありません。仮に、「目的とする作用効果」が「解決すべき課題」と同義であるとすると、実施可能要件はサポート要件に等しくなってしまいます。しかし、判決は、このような実施可能要件=サポート要件という説を否定しています。実施可能要件では、「少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができる」のであれば足ります。

<当該事案の判断>
 判決は、この事案については、「技術上の意義」の存否について、明確な判断を避けています。そして、審決が、活性発泡体と薬剤との併用効果について当業者が理解し認識できるような記載を求めた点に関しては、以下のとおり判断しました。

「本願発明の請求項における「薬剤投与の際に」とは,その文言からして,活性発泡体を用いる時期を特定するものにすぎず,その請求項において,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が特定されているものではない。よって,本願明細書に,活性発泡体の薬剤との併用効果についての開示が十分にされていないとしても,活性発泡体を「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,それ以外の技術上の意義があるということができるのであれば,少なくとも実施可能要件に関する限り,本願明細書の記載及び本願出願当時の技術常識に基づき,本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」というべきである。」

 そして、さらに検討を尽くさせるため、審決を取り消しました。


[『活性』発泡体]
 このクレームは、『活性』発泡体に関します。ただの発泡体ならともかく、「活性」という以上、何らかの活性を要するはずです。構成要件では具体的な「活性」が特定されていない以上、実施可能要件の判断では、何らかの技術的意義があるかぎり、どのような「活性」でもよいはずです。判決がこのような趣旨であれば、よく理解できます。当該活性が従来技術と比較して保護に値する価値を有しているか否かは、進歩性の問題です。

[使用方法による物の特定]
 このクレームは、先日のプロダクトバイプロセス(PBP)クレームに関する最高裁判決をふまえると、興味深いものがあります。
 このクレームは、「活性発泡体」であるものの、「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いることを特徴とする」という使用方法の構成要件が付されています。物の発明であるにもかかわらず、方法が共存しているという点では、このクレームは、プロダクトバイプロセス(PBP)クレームと同じ問題を抱えています。つまり、使用方法の発明にすればよいではないか、という問題です。
 その一方で、従前より、用途発明は、物の発明として許容されています。そこで、審決は、用途発明に準じた規範を持ち出して判断しました。その一方、判決は、そのような手法には否定的です。確かに、今回の発明は、いわゆる用途発明(物の新たな属性によって新たな用途を見出し、その用途を物の特定に用いた発明)とは異なります。しかし、違うからこそ、プロダクトバイプロセス(PBP)クレームと同じ問題が現れるように思います。