引用発明の認定の誤り、双方向は単方向を含むのか

 審決取消訴訟で審決が取り消される理由の一つに、引用発明の認定の誤りがあります。進歩性の議論としては、相違点の判断の誤りが華々しいのですが、相違点の判断の誤りは、本件発明及び引用発明の認定、そして両者の相違点の認定が何れも正しいことを前提にしています。これらの認定が正しい場合に、相違点の判断の誤りで審決の取り消しを求めることは、多くの場合、難しい作業です。
その一方、引用発明の認定の誤りは、高い確率で、審決の取り消しに至ります。そこで、引用発明の認定に誤りが無いのかを検討することは重要です。

 知財高判平成27年8月6日(平成26年(行ケ)第10231号)も、引用発明の認定の誤りにより、拒絶審決が取り消されました。
 この事案での補正後のクレームは、以下のとおりです。複数のデバイスが分散型ネットワークに参加しており、各デバイスには各写真アルバムが格納されており、一つの写真アルバムが修正されると、他の写真アルバムも同期されます。つまり、写真アルバムAが修正されると、写真アルバムBも修正され、その逆も成立します。この点で、本願発明は、双方向的です。

「分散型ネットワークにおいて,
前記分散型ネットワークに参加しているいずれかのデバイスに格納されている第
1の写真アルバムであって複数のデジタル写真を含む写真アルバムが修正されたこ
とを検出する手段と,
前記検出結果に基づいて,前記分散型ネットワークに参加している,前記デバイ
ス以外のデバイスに格納されている他の写真アルバムであって前記第1の写真アル
バムに関係付けられる他の写真アルバムを前記第1の写真アルバムに自動的に同期
させる手段と,
を備える,分散された写真アルバムの集合を自動的に同期させる装置。」

 その一方、甲1発明(引用発明)では、コンテンツの修正の反映は一方向でした。
 つまり、情報提供者AないしCの各々がデータベース1aないし1cを有し、1のデータベースが変更されると、サーバ2のデータベース3が更新され、さらにミラーサーバのデータベース8も更新されます。しかし、データベース3や8の更新が元のデータベース1aないし1cに反映されるわけではありません。さらに、データベース1aないし1cは、各々独立しています。データの供給源が複数あるというだけです。そのため、データの行き来は、単方向です。

 審決は、双方向か単方向かを区別せず、その違いを相違点に挙げていませんでした。しかし、判決は、この違いを相違点として認定していないことを理由として(相違点の認定の誤り)、審決を取り消しました。取消理由は、相違点の認定の誤りに分類されていますが、実質的には、引用発明の認定の誤りがあり、それが相違点の認定の誤りを導いたといえます。

 もっとも、この事案では、双方向通信をどのように理解するのかという点が根底にあるように思います。つまり、本願発明でも、写真アルバムを一つに固定し、その写真アルバムの変更がどのように波及するのかという観点で観察すると、データの行き来は一方向です。一方向の通信を組み合わせたものが双方向通信であり、双方向通信は単方向通信を包含している(換言すると、その足し算である)という理屈も成り立ちます。しかし、双方向通信は、本質的に、単方向通信とは異なると理解することができます。この違いが、結論に影響しているように思います。