公然実施された発明の具体性

 新規性又は進歩性欠如の無効理由において、多くの場合、主引用発明として刊行物公知発明(特許法29条1項3号)を用いますが、公知(同法29条1項1号)又は公然実施(同法29条1項2号)発明を用いることもあります(公知と公然実施(公用)とを厳密に区別する実益がないことについては、中山「特許法」115頁)。公知公用発明を主引用発明とする場合の例としては、
・組成物の製品(例えば食品)が市場に出回っており、成分まで記載した刊行物は無いが、当業者が分析すれば組成がわかってしまう状況にあった、
・機械の製品が販売されており、当業者が購入して分解すれば、構造がわかってしまう状況にあった
という事例が挙げられます。

 公用の立証では、多くの場合、具体的な製品を特定し、販売元の取引の記録やパンフレット(製品によって、具体的な納品の立証が必要な場合もあれば、販促活動を示す証拠で足りる場合もあります。)により、当該製品が販売されたことを立証します。
 しかし、問題となっている本件(本願)発明の内容次第では、対比されるべき公用発明は、個別具体的な製品でなくても、抽象的な製品(その製品群が一般的に有している性質によって特定される製品)で足りることもあります。

 知財高判平成23年10月4日(平成22年(行ケ)第10350号)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111006130127.pdf
の事案では、本件発明は、A成分(麦を原料の一部に使用して発酵させて得た麦芽比率が20%以上でありアルコール分が0.5〜7%であるアルコール含有物)及びB成分(少なくとも麦を原料の一部としたアルコール含有物を蒸留して得られたアルコール含有の蒸留液)の混合物に関し、(i)混合物のアルコール濃度及び(ii)A成分由来のアルコール量とB成分由来のアルコール量との比が規定されていました。
A成分の例はビール、B成分の例はウイスキーです。平たく言えば、本件発明の例は、ビールとウイスキーのカクテルです。

無効審判の請求人(審決取消訴訟の原告)は、甲1ないし6により、ビールなどの麦芽飲料(A成分)と焼酎、ウイスキー及びジンなどの蒸留酒(B成分)とを混合した麦芽発酵飲料が出願前に周知であったと主張し、その周知の飲料を主引用発明としました。そして、その主引用発明に基づいて、新規性及び進歩性欠如の無効理由を主張しました。なお、(i)混合物のアルコール濃度及び(ii)A成分由来のアルコール量とB成分由来のアルコール量との比については、請求人は、主引用発明ではこれらの事項は明記されていない(特定されていない)と主張したようです。

しかし、特許庁は、
特許法29条1項1号又は2号に基づく新規性欠如を主張する場合において,具体的にどのような発明が,本件出願前に,公然知られ,又は,公然実施をされたかは,そもそも無効を主張する請求人が主張・立証すべき事項であるところ,請求人は,「本件出願前,当然にあり得た筈であると合理的に推認することができる」などと言うにとどまり,具体的な発明及びその存在について,何ら主張・立証を行っていない。」と判断し、さらには甲1及び甲2について検討するのみで、甲3ないし6については検討しませんでした。進歩性欠如についても、主引用発明に関し、甲3ないし6については検討しませんでした。

 それに対し、裁判所は、原告の主張は、「混合割合を問わず、A成分と B成分とを混合してなる麦芽発行飲料が周知のアルコール飲料である旨の主張であることが明らか」と述べ、その主張には理由があり、審決の上記判断の遺脱はその結論に影響を及ぼすと判示しました。

 審判官がなぜ上記の判断をしたのか、外部からは良くわかりませんが、公用の主引用発明を認定するにあたり、具体性にこだわりすぎたのではないかとも思います。しかし、本件発明の内容次第では、主引用発明が概括的に認定されても支障はありません。この事案では、概括的な認定でも十分であったように思います。