プロバイダ責任制限法上の「特定電気通信」と1対1の通信、著作権法上の「公衆」

プロバイダ責任制限法の適用対象を画する上で、「特定電気通信」は重要な概念です。プロバイダの損害賠償責任が制限されるのも、発信者情報開示請求権が生じるのも、「特定電気通信」との関係です。
「特定電気通信」は、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の方法を除く。)」と定義されています(2条1項)。そして、「特定電気通信設備」(2条2項)、「特定電気通信役務提供者」(2条3項)の定義にも、「特定電気通信」が使用されています。
従前、経由プロバイダが「特定電気通信役務提供者」(2条3項)に該当するか否かを巡って議論が戦わされてきました。その主要な争点は、「不特定の者によって受信される」の解釈です。

ネットの掲示板に誹謗中傷が書き込まれた場合、被害者が、掲示板に書き込みをした者(発信者)を特定するための作業は、以下のとおりです。
まず、被害者は、掲示板の運営者に、当該書込みのアクセスログを開示させます(掲示板のサービスでは、情報の受け手は不特定の者ですので、その事業者は、「特定電気通信役務提供者」に該当します。)。このログから、発信者がどのプロバイダ(経由プロバイダ)のサービスを利用しているのかはわかりますが、発信者を特定することはできません。そこで、次に、経由プロバイダに対し、発信者情報の開示を求めます。
経由プロバイダが「特定電気通信役務提供者」に該当するのであれば、被害者は、経由プロバイダに対し、プロバイダ責任制限法4条1項により、発信者情報の開示を請求することができます。その際に問題となったのが、「不特定の者によって受信される」の解釈です。

分析的に考えると、経由プロバイダが媒介しているのは、発信者と掲示板という1対1の関係です。したがって、この局面に限れば、発信者による書き込みは、掲示板という1名のみによって受信されており、不特定の者を対象とはしていません。
しかし、情報の流通過程全体を見ると、掲示板から先では、書き込まれた情報は、不特定の者によって受信されており、経由プロバイダは、その過程の一部を担っています。さらに、経由プロバイダに対する開示義務を認めなければ、大抵の場合、発信者を特定できないという問題が生じます。

そこで、下級審では、経由プロバイダは「特定電気通信役務提供者」に該当するという見解が主流となり、最高裁も、その判断を是認しています(最判平成22年4月8日民集64巻3号676頁)。
情報の流通経路全体でみると、発信者の情報は、最終的には、不特定の者に受領されるのであり、発信者も、そのような事情を了解しているのですから、上記の判断は、適切と考えます。


その一方、まねきTV事件の事案では、送信機能を有する装置とユーザ側の機器とは1対1の対応にありました。そこで、事業者の送信が「公衆」に対して行われるものであるか否かが問題となりました。掲示板とは異なり、情報の受け手(ユーザ)が1名に限られているという事情からすると、送信が「公衆」に対して行われているものとは言い難いはずです。
この論点に関し、最高裁は、「何人も、被上告人との関係等を問題にされることなく、被上告人と本件サービスを利用する契約を締結することにより同サービスを利用することができるのであって、送信の主体である被上告人からみて、本件サービスの利用者は不特定の者として公衆にあたる」と判示し、「公衆」性を肯定しています。このロジックは、情報の受け手は、いわば固有名詞の人ではなく、だれでも良い普通名詞の人であるから、不特定の者であるというものです。
しかし、完全に1対1の関係で閉じているサービスについて、相手方を問わずサービスを提供しているから受け手は「不特定の者」であると解するなら、ビジネスとしてこのようなサービスを提供すると、そのサービスは、必ず「公衆」向けのサービスとなり、ビジネスとしての可能性が封じられてしまいます。

この事案では、テレビ放送が問題となっています。テレビ放送は、元々、放送局が不特定の者に対して提供しているものであることをふまえると、川下の部分の1対1関係のみ抜粋することは適切ではなく、情報の流通経路全体を評価すべきといえるかもしれません。しかし、サービス提供者は、川下の1対1関係にのみ関与しており、情報の受け手が1名に限られているという事情の下、サービス提供者の関与していない川上まで考慮に入れるというのも無理があります。

まねきTV事件での「公衆」の判断は、テレビ放送という特有の事情の下での結論の当否はともかくとして、理屈としては、やや無理があるように感じます。